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「黒川咲ちゃんだね?」
男はあたしのそばに立って、腰をちょっとかがめて、あたしの顔をのぞきこむようにした。
前に言ったように、カマキリのような顔をした、五十歳くらいの中年のオヤジだった。仕立てのよい高そうなスーツを着て、似合わない派手な模様のネクタイを締めている。
「手荒なことをして悪かったね。君に危害を加えようというわけじゃない。ただ、君のお父さんに、ちょっとお願いをきいてほしくてね。それがすめば、すぐにでもおうちに帰してあげよう」
小説なんかでよく、顔は笑っているけど目が笑ってない、なんて表現をしてるけど、その実例がいま目の前にあった。
あたしたちを人質にして、パパとなにか交渉したいらしい。交渉がすんだらあたしたちを帰す、なんて言ってるけど、嘘くさい。あたしたちを拉致した五人の実行犯も、この「社長」と呼ばれた男も、みんな顔をさらけ出している。あたしたちを帰したら、警察に捕まるじゃないか。
そんなことを考えたら、「社長」と呼ばれた目の前の男は、まるであたしの頭の中を読んだように、こう言った。
「念のために説明しておこう。私たちがいまこうして顔を見せているのは、どうせ最後には君たちを始末するから、という意味ではない。それは心配しなくていい。なぜなら、君たちは家に帰っても、警察へは駆けこまないからだ。もし君たちが警察へ行こうとすれば、君のお父さんが止めるだろう。必ず止めるはずだ。どうしてかって? フフフ、それは大人の事情というやつだ」
フフフ、と笑ったときに、赤黒い歯ぐきが見えて不気味だった。
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