雛鳥は蚯蚓を喰らう

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反応はない。腹部が痛むのを我慢しながら立ち上がっても、雅哉は無言のままだった。ぼっちゃん、と呼んでみる。 相手の目線だけが大磯を捉えた。その目つきが胡乱だったのは何故だろうか。おまえ、と雅哉が口を開いた。 「お前は俺の何だよ」 「なんだよ…って」 「なんでもないだろ、お前と俺はなんでもないんだよ。家族でもねえ。それなのにお前は俺に媚びる」 「媚びるなんて、そんな。坊ちゃんは私の大切な…いえ、先代の大切な忘れ形見ですから。その恩を返したくて」 「じゃあそれをなくしたら?俺はお前の何なの?」 大磯は口ごもった。まさか、疑似家族のつもりでした、とは言えないからだ。 わからない。それをなくしたら。きっとそれが絆というもので、きっとそれが縁というものだから。家族という言い方を捨てると、なにもなくなる。 大磯と雅哉はただの他人と他人だ。 だから、大磯はなにも言えなくなった。ただ、目を瞑って頭を四回、横に振った。すると雅哉が静かに尋ねる。 「お前…俺の親父に恩があるんだろう?それは返しきったと思ってんの?」 「いえ、まだ…。返しきれないほどの恩があります」 「じゃあ、返してくれよ」 「…え?」 その言葉に顔を雅哉に向けると、ぬっ、と手が突き出された。 「全部返してくれ」 「返せるものならば全部返しますとも」 「じゃあお前の全部、今、俺に渡せよ」 雅哉は無表情だ。死ねという事なのだろうか。大磯はそれでもいいかと思う。なぜなら、勝手に死ねと言われるよりも、まだ素敵に思えたからだ。 だから、微笑んだ。 「勿論ですとも。私の全ては貴方のものだ」 相手が違えば、時間が違えば、立場が違えば、場所が違えばまるでプロポーズの言葉、そして、プロポーズを受けた人間が返す言葉なのに。 その言葉が相手の思考と絶妙に食い違っている。 その事に二人は気が付かないでいる。
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