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大磯は書類から目を離して眉間を揉んだ。年なのか、目が霞む。
大きな背中を丸めて疲れた息を吐いた。
煙草はやめた。昌哉が嫌がる事はやめた。
臭いから近づくなと言われれば煙草をやめ、やくざみたいな恰好で俺の周りをうろつくなと言われればなるべく堅気に見える服装を選んだ。まるで思春期の娘に嫌われないように頑張る父親のようだな、と思う。
所詮血の繋がりはないから余計に厄介ではあるが。
「今年も貰ってはくれないんだろうなあ」
組の事務所の自室で一人、ひとりごとが漏れた。
しつこいかな、そろそろ放っておくべきなのかな。
そう思うけれど、何か繋がりがが持ちたくて大磯は毎年昌哉の誕生日に何かを送る。
嫌がられても、仕方ない。誕生日に何もしないというのも悲しいし。
後でああ、もったいないと思いながら捨てるのにもなんだか慣れた。
このみみず、おいみみず、責めるように怒鳴る昌哉の声を思い出して、思わず目をつぶった。
なにが悪い、タイミングか、それとも行為か、あんたがたを守りたい、だが自分の思いを押しつけたくはなかった。
だから弁解もしないで大磯は嫌われてきた。
いつか俺はぼっちゃんに追い出されて、みじめに死ぬんだろう。
こんなに尽くしているのに、こんなにあんた達を愛しているのに、忠誠を誓っている俺をいつかぼっちゃんはゴミのように扱う。
心臓が痛くなる程にそれは辛い未来だ。
(だが、自分で決めたんだから。最後までやり遂げなきゃならない)
うう、と堪らずに唸った時、がちゃりとドアが開いた。
慌てて背筋をただすとそこに意外な人物がいた。
「…ぼっちゃん。」
「なんだよ、その顔は。将来ここは俺のもんだぞ、どこにいたっていいじゃんか」
「それは…そうですが。私の所に入ってくる事なんてなかったじゃないですか」
「駄目なのかよ」
「いえ、全く」
どう表情を作ったらいいか解らない大磯の前にぬっ、と手が突き出された。
なんだと見返すと、ドサンと机に何かが放り出される。それは大磯が昌哉に渡すようにと部下に渡した物だった。
「ありえねえよお前。なんで高校生に英和辞典なんだよ。」
「いや、これから必要になるかと」
「今は電子辞書があるんだよ。何が悲しくて重い辞典持っていかねえといけねえんだ。おら、金だせ。自分で好きなもん買うから。」
「あ、ああ、はい。」
素直に財布を取り出して分厚いそれをそのまま渡すと、そのまま出ていくと思った昌哉がじっと自分を見ていた。
なぜか、左の頬が赤く腫れている。
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