みみず

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みみず

その光景を ぼっちゃんは見ていたようだった。 私が手足を縛られて、蠢く所を。 「お前はみみずだ」 憎しみを込めた聡明な瞳に私は情けなく笑うばかりだった。 【みみず】 今時の高校生は大変なものですね。私なんて中卒だから、と低く笑う男を無視した。 「今年の誕生日は何にしましょうか。塾にも持っていけるものとかがいいでしょうかね?」 昌哉はふん、とも返してやらなかった。 大きな面をしやがって、そう思う。 「昌哉、大磯が聞いてるだろう。ちゃんと話しな!」 母が茶碗を持ちながら怒った。下らない。 (いつもの事じゃねえか。姐さんきどりの糞ババアが) 昌哉は飯を食べる気もなくして食卓から離れた。 母の怒る声が聞こえるが、知った事ではないとばかりに席を立つ息子に母、咲子はため息をついた。 極道の家の母の気苦労など息子は解らない。 ましてや組長であった夫をなくした組の女房だ。自分の子供より組の若い衆の方が先に気にかかる。 「すまないね、大磯。昔はお前にもよく懐いていたのに」 そう言いながら咲子は、席に座っている男を見た。 「いえ、仕方ありませんよ。いつもの事ですから。そろそろぼっちゃん、学校の時間でしょう。車の準備をさせますよ」 「そうかい、すまないね。あの人が亡くなってからお前はよく面倒を見てくれて…お前なしじゃこの組はどうなっていたか解らないっていうのにあの子ときたら」 「そんな、恐縮です。私はオヤジさんに大層お世話になりましたから。大恩はこれくらいじゃお返しできっこありません」 そう、微笑んだ男には、白髪が少し混じっていた。 体格はがっしりとして、男らしい。どことなく得体のしれないような初老の男だった。 「坊ちゃん」 扉が開けられて、大磯の声がする。 昌哉は自分の机に座ったまま、振り向かない。嫌いだからだ。 「坊ちゃん、学校行かなくちゃ」 「うるせえ」 このみみず、みみずみたいにのたくりやがって、そう言ってやったら静かになった。 昌哉は大磯が大嫌いだ。 昔は父親の片腕であった大磯が大好きだった。大きくて、かっこよくて、眩しかった。 父親が死んでも組に忠誠を誓ってくれた大磯が頼もしく、こんな男になろうと思っていた。 しかし、昌哉は見てしまった。 「坊ちゃん……やっぱり、まだあれを気にしてるんですね……」
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