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優しさを飲む
ゆっくりとゆっくりと天に上がる。
自分の凹凸に入っていた肉棒は濡れていた。
その先から漏れた粘液は、引き抜かれた相手の肉体といまだに自分の窄まりを繋げているような錯覚に陥らせる。
精液が二人の体の間に糸のごとく垂れ落ちた。
(…嗚呼、蜘蛛の糸だ)
粘着質な気持ち悪さに眉をしかめながら、馬場は呼吸を一つ飲み込んだ。
【優しさを飲む】
それの始まりはふとした偶然なのだった。
ならば終わりも偶然に、とは行かないのが人の縁だ。
付き合う内に情だの仲間意識だの最後にはうっとうしくなってしまう感情だかがまとわりついて 、結局別れは嫌な物になる。
そんな事を煙草の匂いの中で考えながら馬場はベッドの縁に座ってスマートフォンを器用に使いこなす男の背中を眺めた。
背中に生える青竹に潜む虎は鋭い牙を隠そうともしない。動くものにはすぐにでもとびかかろうと待ち構えている。
平面的に描かれた図柄の表面には汗がうっすらと浮いている。
その持ち主は若い男だ。
張りのある背中に彫り物は良く映える。
一方馬場は彫り物をしていない。したくないわけではない、元から出来る肌ではなかった。
馬場は重度のアトピーなのである。顔面にはあまり出ないタチだが、肘や首は白い粉が噴いているような炎症を常に起こしている。
背中も酷い。
痒い痒いとかきむしった後はまるで鞭を受けた後だ。
おまけに今年で45である。無理に墨を入れたって消し墨になるまで後少しなのに無理してまで彫る必要性がない。
馬場はかすれた声でたわいもない事を聞いた。
「娘は幾つになった」
「チビですか?上は3歳、下は9ヶ月です。上は大分しっかりしてきたんですけどね、下がまだまだで。離乳食も始めたんですが、まだおっぱいにしゃぶりついたりするんですよ。あれはなんなんでしょうね、まだ乳離れが出来ないんでしょうか」
「甘やかし過ぎなんじゃねえのか」
はは、間違いないと笑い声を上げて男は馬場を振り返った。顎がすっきりした男だ。眉書きで書いたような半月の眉が好ましい。
「カミさんと連れ添って長い事になりますが、亭主がなかなか落ち着かなった為にガキも産ます事が叶わなくって。…二人駄目にしてるんですアイツ。だからそれなりに落ち着いて待望のガキが出来たら亭主構わずに子供を猫っ可愛がりですよ」
「旦那に吸わせる乳はないってか。本末転倒じゃねえか」
ふん、と鼻で笑って馬場は体を起こした。
安いビジネスホテルのシーツは自分の敏感な肌には痛すぎる。
繊維の目が粗いのか使っている洗剤が酷いのか、とにかく落ち着いてゆっくり寝転ぶ、と言う行為は出来ない代物だった。
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