落下

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落下

 目の前に見えるのは、透き通る様な青空と無限に広がる森の海。標高3000メートルから見える景色。私には何もない。ただ歩き続けるだけ。進み続けるだけ。後ろも過去も振り返らない。 私は今落下する。 足元の空が私を後押しする。頭上の森は私に針を向ける。内臓が浮遊し、鼓動は加速する。命の危機への反応なのか、未体験の高揚なのか。これまでに無い感情が今ここに存在する。後は身を任せるのみ、意識が戻った時私は生まれ変わる。  パチパチと火の燃える音が微かに聞こえる。体が怠く、動かせそうにもない。重い瞼を微かに開けながら辺りを視界に入れる。薄暗く焚き火の灯りが何処からか漏れている。 私は生きていた。 生物は生きていることに疑問を持たないものだった。心に冷静さを取り戻す中でふと思い浮かぶ。しかし、生きている実感はない。腕は愚か指すら動かせない。これでは意思を持った死体でしかない。自らが命について考える様になるとは人生は分からないものである。思考に浸りながら先のことを考えいると何処からか声が聞こえて来る。 「様子をみて来ていい?そろそろ目が覚めたかな?」 「重症なんだぞ、生きてたことが不思議なくらいだ。まだ当分目覚めないんじゃないか?」 幼い声と、それに返事をする低い声。誰か居ることは分かったが一体誰なのか。考える余裕もなく私はまた眠りについてしまう。
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