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カツカレー。
今、私は学食のカツカレーを食べようとしている。スパイスのいい匂いが食欲をそそる。スプーンを持っていざ自分の口にカレーを頬張ろうとした。
その瞬間だ。真っ暗な穴が自分の地面真下に開き、「あ?」と言う声とともにその真っ暗闇に急降下した。これは建物が壊れて落ちるようなものではない。
「ひぃいっ!!」
私の身体は真っ暗闇に一直線に落ちていく。
一体何!? 何が起きたの!?
パニック状態で動けない!! 息! 息をしっかり吐いて! 落ち着け……ないわよぉおお!!
自然と溢れた涙が上へと流れていく。
見上げても真っ暗で、自分の姿も何も感じられない。
ただ、そこにひたすら落ちていく。
この感覚には覚えがあった。
「……これって」
それを思い出した時、落ちていく恐怖とは別の恐怖に冷や汗をかく。
……まずい。その先に落ちてはいけない。この先は日本じゃない気がする! 日本じゃない別の世界!! 有り得ないんだけど!」
私は、落ちたくなくて藻掻いた。藻掻いた所でどこにも捕まる所などない。嫌だ嫌だと思っていると、真っ白な手が二本私の足を掴んだ。
「ぎゃぁあぁああああああああああ!!」
ホラーは、駄目ぇえええええ!!
突然の恐怖にプツンと意識を手放した。
それで、目覚めた先には、青い空、白い雲が広がっていた。
学食で食べていたなら寝転がって見えるのは学食の天井のはずなのに。
これが夢ではないか、一度目を閉じて開いたけれど、景色は変わらない。眉間にシワを寄せて溜息をついて起き上がった。
起き上がって見た景色も学校やその近隣の街並みとは全く違う。目の間の風景は、草木が生い茂る森の中だった。
「冗談じゃないわよ」
突然の黒い穴に飲み込まれる事自体、変な事だけど、私はその体験が二度目の事だったから、混乱していても冷静な部分があった。
……………………異世界転移。
異世界転移、日本的に言えば神隠し。
私、猪貝 蘭は、この現象を過去に一度遭遇したことがあった。
7歳の頃まで私は日本じゃない別のリャンという国で育った。
そのリャンから異世界転移をした先が日本だったのだ。日本で児童施設に入れられ、そして育った。日本の人権システムは本当に素晴らしく今の今まで不自由なく施設の子たちと暮らしながら、学校に通っていた。
バイトをして施設の子のおやつを買う他は自分のお洒落に使った。お洒落をすれば何だか武装しているみたいに自信がついた。勉強も出来ない親もいない、そんな自分が堂々と歩けるのは化粧やお洒落のおかげだ。
「ここは、元の世界? “リャン”なの?」
通常ならば、親がいる世界に戻って来れたことは嬉しいだろう。
だけど、私は別だった。自分からこの“リャン”から逃げ出したのだ。逃げ出した途中、高い岩崖から足を滑らせた。そして、落ちたのは地面ではなく黒い穴だったのだ。
私は立ち上がって自分の服に着いた泥などを払う。ここが、今私が思っている世界ならば、この服はどこかに早めに隠さなくちゃいけない……。
「本当なら、一人で山暮らしが好都合なんだけど、現在日本で暮らした私がそんなの出来る訳ないわ!」
虫は平気。ゴキブリだって足で踏んづける。だけど、食べ物が分からない。そこら辺にきのこが生えているけど、一か八かで食べてみる勇気はない。さらにガスや電気がないと調理の仕方も分からないわ。
「あ~! とにかく! リャンじゃない事を願って村を探さなくちゃ!」
迷ってはいられない。この世界が日本と同じ24時間ならば、今は正午。日が暮れるまでに何か食料を手に入れないと、夜は洞穴か家の床下なんかを見つけなくちゃ……。
野良犬や野生動物に噛まれたら危ない。
運よく、この山には誰かが作った山道がある。この山道を通ればどこかに繋がっているはず。
二時間程、山道を歩いた。バイト三昧で身体は鍛えているけれど、不慣れな山道を歩くには向いていない。
制服姿でこんなに汗だくになるのも初めてで、気持ち悪い。着替えたい。
「もう、ツケマ取れちゃったじゃん。最悪っ!」
片方のツケマも外す。胸ポケットに掌サイズの鏡が入っていたので顔を見る。
……っ、いやだぁ。地味顔~!!
化粧道具持ってきてないよ! ホント最悪なんだけど!!
今日から、スッピンで過ごさなくちゃいけないだけで気力が根こそぎ奪われそう。
ポケットの中には、鏡とガム3個だけ……か。ガムだけあるだけマシかもしれない。
あぁ、せめてカツカレーを食べた後だったら、どんなによかったか。
「うぅ……、お腹減ったよぉ~、カツカレー」
ぐぅっと音が鳴る腹を擦り、木の幹に座り一休みする。木陰には涼しい風が吹く。
ガムを噛み、空腹を紛らわす。
確か……と、記憶のリャンを思い出す。
リャンは、一つ一つの樹木が大きく、葉も大きく緑豊かな恵まれた土地だ。しかし、ここの樹木は日本とそう変わらない大きさ。さらに反対側に見える景色はむき出しの山だった。
こんな景色はリャンには見られなかった。
ここはリャンではないかもしれない……。
ぼんやりとそう思っていると、カサカサと音が聞こえる。その音に心臓の音が跳ね上がる。
動物? いや、この足音は……!!
「探せ!! 神様はここに現れたと仰られている!」
「……っ!!」
人間だ!
しかも、4人の成人男性だ。何かを探している。
丁度人間側から見えない位置に座っていて助かった。身体を丸め木に身を隠して様子を見る。
男達の服装は前開きの着物のような服にゆったりとしたズボンを着ている。陶芸家の職人なんかがよく着ていそうな服。
だけど、私には馴染みある服装だった。
リャンの村人の服装だ……!それに言葉も日本語ではない。リャンの言葉だ!
じゃ、ここはやはり、リャンなの!?
しかも、あの歩いてくる男は何を言った!? 神様がどうとか言わなかった!?
額から汗が一筋つぅと流れた。
あの男達が探しているのは自分かもしれない。
このままジッとしていては、回り込まれた時に確実に見つかる。まだ、距離のあるうちに逃げなくちゃ。
ゆっくり後退りながら、後ろの樹木に移動しようとした時、パキンと枝を踏んでしまう。
「……あ」
向こう側の男と目がしっかり合う。
探しているのが、私じゃなくても、この異世界服着た金髪の女が山でいるのっておかしくない!?
「見つけたぞ!!」
男が私を指さすものだから、怒鳴った。
「ちょっと、指を指さないでよ!!」
気の強さだけは人の倍! 捕まるわけには行かないため走った。私はこれでも走りには自信がある。しっかりした運動靴を履いていてよかった。これが私服でヒールだったら最悪だった。足元を覆う雑草をかき分け走る。
「あの女、早い! 捕まえたら足の腱を切らないといけないな」
「どうやって10年間も身を隠してやがった!?」
男達が話している声が途切れ途切れに耳に入った。
10年……! 正確に私がリャンから抜け出していた期間を言い当てられ、彼らの目的は私で間違いないことを認識する。
絶対に捕まってはいけない。あの男、今私の足の腱を切るとか言っていた。
ここはそういう所だ。
そして、私はそういう存在だ!
ハァハァハァハァ………
走る足が止まった。疲れたんじゃない。私のいる場所から先に地面がなかった。
ここから先は断崖絶壁。
「はぁはぁ、ようやく見つけた。髪の毛の色は違えど、年頃の女……、お前は蘭だな!?」
後ろから男が私の名を当てる。
男は自分の肩にかけていた縄を緩めた。その縄で私を縛るつもりだろうか。
「自分の役目を果たせ。お前が役目を果たさないせいで、どんなことになっているか」
……役目。
男が役目と言った言葉で、私は男を睨みつけた。
「はん! 意味わかんないし。生贄とか野蛮なこと、まだ続けてんの!? 私一人、役目を果たさないからなんだって言うのよ!?」
腕を組んでふんぞり返る。フンッと鼻息をあげる。
私の生意気さに男は機嫌を損ね言い返そうとするが、もう一人の男に止められる。
「生贄を無事に捕獲するのが、俺達の仕事だろう」
「……あぁ、そうだったな」
「……」
あぁ、7年前を思い出す。
私は生贄だ。神に奉納される貢物。生贄となった後、その生贄がどうなるのかは知らない。神に選ばれた血なんだそうだ。そう言えば聞こえがいい。そう言って私をリャンという国全体で洗脳し貢物としての形を作ろうとした。
だけど、あの時、私を助けてくれる子が一人だけいた。見つからないように外に出して洗脳を解いてくれた。
7年前は、あの子が私を逃がしてくれた。
「……また、落ちて異世界へ行けるの? 本当に?」
あの時のように都合よく黒い穴が開くの?
「何をブツブツ言っている!?」
「もう逃げられないのだらか、諦めろ」
男がどんどん近づいてくる。怖がっている暇はないのに、足がすくむ。「大丈夫」だと言って背中を押してくれるあの子がいなくちゃ……。
飛ばなくちゃ……。
そう思って、男から背を向けて、崖下を見た。
怖くてブルブルするが、足を小さく前に進める。
どうか……、また、異世界へ行けますように。
祈る神などいないけど、私は祈った。そして、身体を前に倒そうとした瞬間、足をグイっと引っ張られた。
「!!」
私の足を日本の白い腕が掴んでいた。
「ひぃ!」
その白い腕は地面から生えている。
お、お、お化けぇえええええ!!!
————逃げないで。もうどこにも行かないで。
どこからともなく頭に声が伝わってきた。
「……え?」
その声に戸惑っていると、男達が目の前に現れて捕らえられてしまった。
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