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「うぅ~……ん」
薄目を開けると、真っ白な天井が見える。
う……。どこだっけ? ここ? 施設の天井じゃないし。
しかし、今日の布団はフワフワだ。こんな心地いいベッドで寝たことない。
新品のように清潔で、高級ホテルにでも泊まっているみたいだ。
その心地よさに、また目を瞑った。
楽しそうな笑い声が聞こえる。
「クスクス……、蘭ちゃん、まだ寝るの? 可愛い」
「……」
すぐ横で聞こえた声にぎょっとする。
「あ、起きた。おはよう」
「て……天元く、ん?」
目の前に黒い髪の毛、白い肌の整った顔。天元くんが私をじっと見つめていた。
サーっと血の気が下がる。
そうだったわ……!
急に思い出してきた。
ここは日本のホテルなんかじゃなくて、異世界転移したリャンだ。さらにここは……ここはよく分からないけれど、天元くんの住まいだ……。
彼は、神だと言ったのだ。
それで、トカゲ男に血を差し出せと指示されて、スライムになった天元くんを見て、焦って……それで、何も深く考えず血を与えてしまった。
でも、私は、死んでいない。
手を上に上げて手を見ると、トカゲ男に傷つけられた手の甲の傷はキレイに治っていた。
「蘭ちゃんのキレイな手を傷つけるなんて、ペクも酷いよね。あの後しっかり叱っておいたし、もう二度と蘭ちゃんに手出しさせないよ。安心して」
ペク……? あのトカゲ男のことだろうか?
「僕のこと怖くないかい?」
「……ないわ」
驚いたけれど、怖いとは別の感情だ。
間近にいる彼を見ると、昨日より血色がいいように感じる。
機嫌よさそうに私の髪の毛を弄っている。髪の毛に唇を寄せるキザな態度に顔が火照る。こうしてずっと寝顔を観察されていたのだろうか。
「あんまり、見ないで……」
いつもの私らしく、きつめの口調で言おうとしたけれど、弱弱しい声しか出なかった。
柄にもなく、凄い緊張している……。
そういう乙女なキャラじゃないけれど、彼を目の前にすると、どうも緊張して上手く話せないでいる。
「どうして? 蘭ちゃんのことみたいよ」
「そういうことを………あっ! そうだ、もう、身体は大丈夫なの!? スライムになったけれど」
スライムと自分で言って、彼が人間でない事を再確認するようで凹む。
「うん。蘭ちゃんの血をもらったからかなり回復したよ」
「……そうなの?」
ほら。と昨日折れた腕を見せてくれる。……折れてない。元通りだ。
「気づいていると思うけど、傷は、僕の唾液で治せるんだ」
「……」
……やっぱり。彼が舐めると傷がすぐに癒える。打ち身もきれいに治っていた。
「それとね。ペクも言ったように、蘭ちゃんの血は、僕にとっては栄養で、回復効果もあるんだ」
「本当に、私の血が……」
聞けば聞くほど、不思議。まるで吸血鬼みたい。
「ふふ。僕に抱き着いて眠っている君はとても可愛いのに、目覚めた君と早くお話したくて堪らなかった」
だ、抱き着いて?? 私が天元くんに!?
キラキラとした美貌が屈託のない笑顔でとんでもないことを言う。
「——っ、天元くん……」
「起きた君は、大きな目がクルクル動いて、頬がピンクに染まって、厚めの唇が動いて、どれも可愛くて心臓がドキドキする」
のそりと彼が起き上がり、私の上に覆いかぶさる。彼の肩まで伸びた髪の毛が私の頬に触れる。
「————……っ!」
「蘭ちゃん」
「……ぁ~、う、その」
ジッと見つめてくる視線にたじろぐ。彼の顔がどんどん近づいてきた。抵抗したいけれど、昨日のように折れたら怖い。
唇が触れそうな瞬間、彼の唇を手で抑えた。
「……ん? 何?」
「あっと、何って……」
天元くんこそ、どうしてキスしようとするのだろう。私達10年ぶりだし、恋人同士でもなんでもないのに。
「——……私って生贄だよね?」
そもそもだ。よく分からない甘い雰囲気に流されちゃいけない。まず、何もかも分かっていないこの状況だ。
色々知りたい事がある。
まず、生贄なら生きているのは何故か、この先はどうなるのか。ここはどこ。天元くんはどういう存在なのか。
「真実を教えてほしい」
私が、「教えて欲しい」の欲しいを言った時に、大きなお腹の音がぎゅるるりゅ~と鳴る。
「ひっ!?」
流石にこんな腹の音をイケメンに聞かれると思うと居たたまれない。
天元くんは、キョトンとした顔をした後、ふふっと笑い、私を抱き上げた。
「ひゃっ! 天元くん!? 身体弱いのにっ!!」
「大丈夫。君の血を少し多めにもらったからね。食事の後、君の聞きたいこと話すよ」
「でも……っ」
昨日腕が折れた感触が忘れられなくて降りたいと伝える。彼の身体の事は謎だらけだけど。
「よく分からないけど……、天元くんが痛いのは嫌だよ」
「……蘭ちゃんは、優しいのだね。昔と変わらない。でも、本当に大丈夫」
嬉しそうに笑う彼だけど、私を地面に降ろすことなく移動する。
にこやかだけど、人の意見聞いていない?
仕方なく、せめて運びやすいようにじっとする。
改めて、周りを見渡す。本当に洞窟内にこんな建物が繋がっているのだろうか。真っ白な高い天井、長い廊下、リャンの屋敷とはまた違う建物形式。本当にどこかの国王の王宮内にでも紛れ込んだような場所だ。
天元くんに連れてこられた場所には、トカゲ男が立っていた。天元くんと私を見て頭を下げ、部屋のドアを開け
た。
20畳ほどの部屋には大きなテーブル席と二脚の椅子。そして、そのサイドテーブルには、食べ物が沢山並んでいた。パン、ご飯、調理済みの肉、野菜、果物……、この料理はトカゲ男が用意したのだろうか。それとも他の使用人がいるのだろうか?
「人間達からの貢物が毎日届くことになっている」
「人間達の貢物?」
うん。と彼は頷く。
「リャンは大きな国だ。各地の村々から貢物がこうして届くんだ」
「洞窟の中に?」
「あぁ、洞窟とこの空間を繋いでいるだけで、洞窟の奥とは別空間だよ。ここは神の地だからね」
「……神の地」
とりあえず、食べようかと椅子の上に私を抱っこしたまま座る。
え? このまま?
そう思っていると、天元くんが、食べたいものがあれば言ってね。とにこやかに笑う。
「…………降ろして?」
「駄目。ずっと離れていたんだから。それとも、蘭ちゃんは僕が嫌なの?」
「……嫌っていうか」
いきなりそんなことを言われても困る。だって、昨日まで別世界にいたし。天元くんとはもう二度と会えないと思っていたし。
「僕のこと、忘れていたの?」
「えっ!? まさか。それはないよ。天元くんのことは私の神様みたいに思っていて……」
まさか、本当に神様だったとは思わなかったけれど。
「そうなんだ。僕も忘れたことなかったよ。ずっと蘭ちゃんのこと考えてた。どんな風に成長しているか沢山想像してた。でも、想像してたよりキレイで。ね? だから、離れるなんて言わないで?」
「……へ、ひぇ!? あっ……でも、食べにくくいよ?!」
バイト三昧で男っ気のない私は、そんな直球の誉め言葉どう受け止めていいのか分からない。
「そんなことないよ。ほら、あーん」
あーんと差し出されたイチゴを思わず食べてしまう。口の中イチゴの果汁が広がる。
口の中のイチゴがなくなると、次はぶどうを放り込まれる。お腹減っているので次々食べてしまう。こんなの恥ずかしいのに。
「美味しい? 好き嫌いないなら適当にペクにとらせるよ」
「——ん。ゴクン。……ペク……?」
すると、トカゲ男……ペクが、サイドテーブルの横に立つ。
「蘭様。昨日は大変失礼致しました。ペクと申します。側使いのような者ですので、何なりとお申し付けください」
ペクは恭しく私に頭を下げた。
「神は食事をあまりとらないため、この食事は全て貴方様のために用意しております。何なりとお申し付けください」
「とりあえず、美味しそうなのを盛っておくれ」
天元くんが、ペクに指示すると、ペクは器用に大きな焼き豚を一口サイズに切り分ける。他、野菜などバランスよく皿に盛り、私と天元君の前に用意してくれる。
用意されたのは二人分。でも、さっき、ペクが言った言葉が気になる。
「天元くん、あまりご飯食べないの? 駄目だよ。だから身体が弱るんじゃない?」
「心配してくれるの? 食べ物の味は好きだけど、これらの食べ物は必要としないんだ。……でも、今日から君がいるから、一緒に食事をとろう」
食べ物を必要としない? 聞けば聞く程、彼が人間とは違うのだとショックを受ける。
「あ、蘭ちゃん、果汁が」
「……へ?」
私の口から果汁が顎に垂れていた。それを自然な動作で彼の舌が舐めとる。
「……っ!?」
「美味しい」
彼のまつげが震え、うっとりとした顔で、もっと、と言った。
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