異世界出戻り生贄は神様に執着される

3/5
134人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
◇◇◇ ……ズル……ズルゥ…………ズルズル……    何か引きずるような音がして、目が覚めた。  暗闇で周りが良く見えなかった。ただ、ぼんやりと音を聞いていると、身体を何かが這ってくる……。ぶよぶよとした物体で、虫などではなかった。 「……」  怖いのに……、変な感じがした。  なんだろうか。この物体……、温かい?  動物? いや、動物の感触じゃない。ツルツルと鱗も何もない軟体動物が乗っかっている。  不思議と嫌悪感を感じず、逃げる気にならない。 「……?」  その生物の感触を辿っていると、それが私の足の傷に吸い付いた。  そういえば、身体のあちこちが擦り傷だらけだった。  チュウチュウと軽めの吸引で吸われては離されて、別の傷口を吸う。吸われたところは痛くない。    血を吸う? ヒルみたいな生き物なんだろうか?  血吸いヒルと考えると気持ち悪いが、本当に痛くないのだ。なんだか、感触としてはスライムが身体を舐めているイメージが頭に過った。     きっと、暗闇が良かったんだろう。心地よさすら感じる。今日突然色んな事が起きて不安だったのかもしれない。訳の分からない物体の温もりですら独りの恐怖を和らげてくれる。  ——変なの。疲れてるのかな。血を吸われている箇所から温かくて頭がぼんやりする。いい気持ち。  腕が拘束されていなければ、この物体に触れて撫でてみたいと思った。  先ほどより黒いぶよぶよの物体が大きくなっている気がする。先程までの感触は50センチほどだったのに、今は下半身を覆うほどになっている。  ん? 大きなぶよぶよ? さらに大きくなっているみたい。  私の血を吸って、大きくなったの? そんなはずない。そんな沢山吸われている感じはしない。軽くチュウチュウ吸われているだけだもの。 「——ん、あ……へ?」  大きなぶよぶよが私を包み込んだ。身体を逆にされ、ぶよぶよの上に私が乗せられる。  ……ウォーターベッドみたい。  身を寄せると、さらに包まれる。    ……まるで、この上で寝ろと言っているみたい。その緩やかな感覚に次第にウトウトしてしまう。   「ふ、これは……夢なのかしら」  夢ならば、こんな穏やかな気持ちでいられるのも頷ける。夢なのに眠い。  襲ってくる眠気のままに再び目を閉じた。 「……——ん、ふぁ……」  眠くて目を開けられない。  ちゅっちゅっと先ほどとは違った感触が身体を這い、擦り傷に吸い付く。 「……ん……」  先ほどの黒のぶよぶよの物体と感触が違う。温もりは変わらないけれど、先ほどの全部包み込まれるような感覚はもうなくて、少し寂しい。  すりっと身を寄せると、頬を撫でられ、頬にキスされる。  ……気持ちいい。こんな風に触られたこと、一度もない。  もっと撫でて欲しい。その優しい手に…… 「……」  ————あれ? でも、一体、誰に?  頬を撫でられ、キスを? ここにはぶよぶよの物体と私しかいなかったのに。   ギクリと身体を強張らせると、身体を撫でられる。    目を開けるのが怖かったけれど、目を開けた。真っ暗で見えないけれど人のシルエットだ。  誰かが私を抱き上げている……。  リャンの人なの?  その人は、私の身体を拘束している縄を優しい手つきで外した。  身体の血流が戻り、手足に血が行きわたる感覚がする。   「誰……?」  起き上がろうとして力を入れるも、身体に力が入らない……。カクリと頭が落ちる。  ……? なにこれ。  以前、間違って飲んだお酒を飲んで酔っ払った時に似てる。フワフワと身体が浮いているみたいだ。  その人は私を抱き直してくれる。その膝の上に座らされている。  お父さんがいたらこんな感じなのかしら。  ーーーーら、んちゃ、ん。  耳元で微かに聞こえた。信じられない思いで自分を抱きかかえる人の胸に手を置いた。  どうして、ここにいるのだろう……。 「ーーーー…………天元、くん?」  その声は幼い頃会った男の子だと、すぐそう思った。記憶よりもっと低い声だけど、彼の声……。私を蘭ちゃんと呼ぶのは、彼しかいない。何故だか確信めいていた。  ーーーーら、んちゃん、あいた、かった。 「天元くんよね? ……天元くん!?」  天元くんだ。私のことを助けに来てくれたんだ。  間違いない。昔も彼が助けてくれた。私が生贄で閉じ込められていると時折やってきて果物や花をくれる。  そして、あの部屋から出してくれた人……。 「夢でもいい。嬉しい」  そう思い、抱きかかえてくれる天元くんの身体を抱き着き返すとぐらりと彼が後ろ向きに倒れた。  急に倒れた衝撃で夢見心地から解放された。 「!? 天元くん、大丈夫!?」  ——大丈夫。まだ身体が不安定なだけだから。 「え?」    天元くんは、ふらりと立ち上がり、私に手を差し伸べた。    ————蘭ちゃん、僕の可愛い蘭。おいで。もう逃がさないよ。  その時、その声と掴んだ手の白さにギクリとした。その白い手は私の手を力強く握った。  そして、どこからともなくドアが開いた。  ぱぁっとドアが開いた輝きでようやく、目の前の彼の姿を見た。 「久しぶり、蘭ちゃん」    ニコリと笑う彼の顔は、この世の物とは思えない真っ白な肌で美しく、また彼の口の周りは血で真っ赤になっていた。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!