異世界出戻り生贄は神様に執着される

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 ドアを開けられた瞬間、目の前の景色が別世界に入った。高い天井、真っ白い壁。まるでどこかの宮殿のようだ。  洞窟の奥にこんな部屋があるなんて。  でも、それに意識を向けるより、私の手を掴んでいる彼に目を奪われる。  恐ろしいほど、美しい人……。  その口元に付いている血は間違いなく、私の血だ。    この人が私の血を啜っていた……?  いや、私の血を吸っていたのはぶよぶよの物体だった。私がうたた寝している間にぶよぶよの物体と彼が入れ替わったのだろうか。でも、そうだとしてその口元に付いている血の理由が見当たらない。    彼から目を離せないが、彼も私をじっと見つめてくる。 「蘭ちゃん、キレイになったね」 「……あ、え……っと」  彼からの世辞にどうしていいのか分からず、後退ってしまう。すると、彼が私の腰に手を回す。 「ふふ。照れちゃったの?」 「……本当に、天元くんなの?」  想像の遥かにキレイに成長している。だけど、この世界でこんなに親しげに名前を読んでくれる人は天元くんしかいないのだ。  よく見れば昔の面影があるような……?  マジマジと不躾に見つめると、彼の目の下のクマやそげた頬が気になる。顔色も白いというよりも青白く不健康そうなイメージを持つ。   「うん。そうだよ。すぐに僕だと分かってくれて嬉しいな。蘭ちゃん、凄くキレイになって、ドキドキしてる」 「あ……、う……ううん。天元くんの方が、ずっとキレイ」 彼は子供のようにはしゃいで私の容姿を褒めてくれる。私をぎゅうっと抱き締めた。 「本当? 痩せっぽっちでがっかりしたんじゃないかな? 蘭ちゃんにガッカリされたら生きていけない」  彼が力のままに私の身体を強く抱きしめるので、驚いた。 「……っ!」    ビクリと身体が跳ねる。それでも抱きしめる強さは変わらない。 「怯えないで。ここにいるのは君の天元だ」 「……そうじゃなくて、恥ずかしいわ」 「恥ずかしい?」  天元くんは腕の強さを弱めて私をみつめる。 「そっか。恥ずかしいんだ。ごめんね」  眉を下げてはにかんだ。……笑うと、幼い時の天元くんの面影がある。     ——天元くんは縄を解いてくれた。私を助けてくれたんだよね……?  そう思い、お礼を言おうとした時、後ろから物音がした。彼の後からその物音がした方を見て驚いた。  そこには、爬虫類の顔をした男が立っていたのだ。  顔はトカゲ。でもニ本足で立っている。何より驚いたのは、そのトカゲ男が人間みたいに中華風の服を着ていた。 「ひぇえ!? トカゲ男!?」  天元くんは、後ろのトカゲ男に気が付いたようで「あぁ」と振り向いた。トカゲ男を知っているようだ。 「まだ、音が聞き取りにくくて、気が付かなかった」 「——神よ」  トカゲ男は天元くんの前で頭を低く下げる。 「そのお姿、久しぶりに拝見出来て大変嬉しく存じます」 「……え?」    このトカゲ男、何て言った?   天元くんの事を、“神”と呼んだの!? 神って誰!? 神って……!?    横で、天元くんがコクリと頷く。  ——うそ。   「僕が神だよ。君は僕に捧げられたんだ」 「!!」  天元くんが神!? 「蘭ちゃん……」 「やめてっ!」  彼が私の頬に触れようとするので、パシンッとその手を叩く。    その時、———……彼の腕がぐねっと曲がってはいけない反対方向に曲がったのだ。 「きゃっ!」  腕が折れている!?   その腕を彼がぼんやりと眺める。 「……あ~、腕が」 「っ、ごめんなさいっ! なんて、酷い事を……!!」  私は折れた彼の腕に自分の服を破った。 「蘭ちゃん!?」 「天元くん! 腕を固定しなくちゃ!」  彼の腕に巻きつけようとした。すると、その手を彼に止められる。片手でぎゅうっと手を握りしめられる。  慌てる私とは別に彼は冷静だ。 「て、天元くん……」 「ふふ。やっぱり君は優しい子だね」 「……え?」  そのまま、彼の美しい顔が近付いてきた。チュッと唇と唇が重なりあう。  柔らかい感覚に目を見開く。 「……キスしちゃった、ね?」  まるで、いたずらっ子のように笑う彼にかぁっと顔が熱くなる。唇が離された後も名残おしそうに指で唇をなぞられる。  じっと唇を見つめられて、顔に熱を持ち火照ってくる。 「あ、……の、天元くん、腕が……」  キスなどしている暇はないのに……。 「——うん。驚いたよね? 僕は長く血を飲まず我慢していたから、まだ身体が弱いんだ。物体を保っていられない」 「ひっ!」   折れた腕はドロリと溶けた。黒いぶよぶよの物体……。  その様子に後退った。 「蘭ちゃん、怖がらないで。ね、聞いて。お願い」 「……」  ブルブルと首を振った。聞きたくない……。  天元くんは人間ではない……。 「いや…!」  神様だというなら私の命を奪うのだろうか。血を啜っていたのは、私を食べようとしていたのか。 「嘘つき! アンタなんて知らないっ!! あっちへ行って」 「……蘭ちゃん……」    目の前の天元くんが、とても傷ついた顔をしている。だけど、頭に血が昇って彼の気持ちなど思いやれない!  私は、彼から背を向けて壁を叩いた。 「ここから出して!!」 「蘭様! やめなさい」 「煩い! トカゲ男は黙んなさいよ! 出して」  ここから出てもリャンにいれば私は危ないだろう。  日本に帰りたかった。日本に帰れば施設の兄弟達が私を慕ってくれる。リャンの人間達のように酷い事をしない。こんなところ、誰も信用できない。  彼が神様だと言われ、言いようもない憤りを感じた。   「蘭ちゃん……僕を捨てるのかい?」   その低い声にぞくりと悪寒が走る。 「……っ」  彼の声を無視して壁を叩く。どこかに出口があるはず!! 先程入ってきたドアが……見当たらない。  すると、肩に腕を乗せられた。 「駄目だよ……蘭ちゃんは僕とずっと一緒にいなくちゃ。絶対に逃がさないんだから」  抵抗するには違和感がありすぎた。どんどんその手の感触が変わっていく。  ドロリ。  それは無音だったけれど、そう感じた。 「——神!」  トカゲ男の慌てた声で、私は振り向くと彼の姿はなく、黒いぶよぶよのスライムになっていた。 「ひ……、天元くん……!?」  洞窟で一番初めに出会ったのはこのぶよぶよのスライムの彼だったのだ。  その異様な彼の状態に頭がついて行かない。  ——ら、んちゃ……、らん……らん……  彼の声が頭に流れてくる。  私の足に黒いぶよぶよが纏わりついてくる。  ドロドロのスライムが震えているように感じる。スライムの震えを感じた瞬間、子供の頃、助けてくれた天元くんを思い出した。 「……っ!」  彼は、こんな風じゃなかった。キラキラと光をまとっていた。独りぼっちの私の部屋に遊びに来て、色んな話をしてくれた。私を救い出してくれるのはいつも彼だったのに……。   「天元くん、どうして?」  話を聞かなくちゃいけない……。何か理由が……。  私は、座り込んでそのぶよぶよのスライムを膝に乗せた。  そして、自分の身体を見た。先ほどまで擦り傷だらけだったのに治っている。  ——もしかして、食べる為に血を吸っていたわけじゃなくて、私の傷を治そうとしていたのだろうか。 「神の力は日々奪われていきます」 「——何それ」 「貴方は神が求める唯一の血。この10年、神は貴方だけを求めてきました」  トカゲ男は、表情の読めない顔で近づいてきた。 「蘭様、手をお出しください」  トカゲ男は手を差し出すように言ってくる。従うとその尖って指の爪で手の甲を傷つけられた。 「……っ」 「血を神に飲ませてください」  トカゲ男の視界から私を遮るように黒いスライムが縦長に伸びた。一瞬、トカゲ男から守ってくれようとしているように見える。 「天元くん?」 ——蘭、ちゃん、血の……匂い……、いい匂い……。  それでも、天元くんは、私の傷に吸い付いては来なかった。ふよふよと私の前で止まっている。 「…………全然、よくわかんないけど。 この血がないと天元くんが苦しいのね!?」  トカゲ男の言いなりになるのは嫌だけど、彼の指示に従った。スライムの天元くんに腕を差し伸べる。  すると、するりと私の腕が黒いぶよぶよのスライムの中に入っていく。 「……」  温かい。  傷口を吸い始めたけれど、先ほどと同じで痛くない。  それどころか、酔ったみたいに気持ちよくてクラクラしてくる。  なに、これ……。さっき眠たかったのは、疲れていたからだけじゃなかったんだ。
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