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2 心を凍らせて
収容所の扉を潜って1時間後。
ジーンは白衣を着た黒い肌の偉丈夫と対面していた。
所長室に入室してまたも最初に目に入ったのは、壁に飾られたユーラシア革命軍政府国家元首、レ・サリの肖像画だったが、それは、先ほどの入り口のスクリーンよろしく、どこの公の場でもこの国では見かける光景なので、さしてジーンには気にはならない。
「ようこそ、月の裏側へ。私は所長のエリック・デュマだ」
「このたび、ここに医師として派遣された、ジーン・カナハラです。以後、よろしくお願いします」
目前にデュマの浅黒い右手が素早く差し出されたのを見て、ジーンは慌てて自らの手をも差し出し、握手を交わした。
むろん、アイリーンはこの場には居ない。アイリーンは収容所の女性職員たちに預けられ、父より一足早く、これからの生活の場である宿舎に連れて行かれた。ジーンと離れるとき少しぐずったものの、職員たちにあやされて、最後には所長室に向かうジーンに、笑顔でおおきく手をひらひら、と振って見せた。その顔はなんとも愛らしく心和むもので、ジーンはアイリーンの存在を胸に刻み込むことで、今、自分は生きながらえているのだと、再認識せざるをえなかった。
……アイリーン、お前のことは、俺が護るからな。例え、この手を汚すことになっても。
そんな想いを胸に浮かべながら対峙しているのが、デュマにはお見通しだったのであろうか。次いでデュマがジーンに語りかけた台詞は、早くも、これからのジーンの仕事について、鋭く踏み込むものであった。
「ジーン、ここは地球から溢れた戦争難民が送り込まれる収容施設だ。だが、それは表向きの顔に過ぎない」
「存じています、デュマ所長」
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