【07】ヒーロー――回想

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【07】ヒーロー――回想

あたしは、寂しいのがとにかく苦手で、一人でいるのが嫌いだ。それはもう、異常なくらい。もしかしたら、何かの病気なのかもしれない。 ひとりぼっちだと感じると、胸の奥からザワザワとしたものが湧き上がってきて、堪えきれなくなってしまう。 だから――なのかはわからないけど――あたしの部屋はぬいぐるみでいっぱいだ。ソファーやベッドの上など、いたるとこるにぬいぐるみが並んでいる。優也がゲームセンターで取ってくれたものが多いけど、自分で買ったものもある。 夕暮れ時や夜、一人の時は部屋でぬいぐるみに埋もれる。 そうすると、なぜか少しだけ安心できた。 真夜中、優也に電話することもあった。 迷惑をかけたくないから、なるべくしたくはないのだけど、飢えたように誰かと、いいや、優也と、話したくなる瞬間があるのだ。 どうしても声が聴きたくなって、あたしは優也に電話をかける。 真夜中にかけても、明け方の四時にかけても、優也はいつも直ぐに出てくれた。 嫌な声ひとつ出さずに、余りにも自然に、『どうした?』と尋ねてくれた。 『寂しくなっちゃって……』なんていうと、電話の向こう、少し笑った気配があって、『俺の声が聴きたくなった?』嬉しそうに言われた。 認めるのが悔しくて、『誰でもよかったんだけど』と言うと『こんな時間に掛けるのは俺だけにしておけ』といつも諭される。 そうするとあたしは安心して、眠りにつくことができるのだ。 もちろん、すぐに通じないこともある。食事だったり、お風呂だったり、家族との会話だったり。でも、どんな時でも着信に気づき次第、優也はすぐに電話をくれた。 『待たせてごめんな』と、優しい声で。 けれど、時々、本当に稀にだけれど、いつまで待っても折り返し電話のない時があった。 そうなると、あたしは気が狂いそうに寂しくなって、叫び出したい衝動に駆られて、財布だけ持って家を飛び出してしまう。そうして、タクシーを拾ってファミレスに行くのだ。 そこでは沢山の人が、夜であることを忘れたかのようにおしゃべりをしている。さざ波のような大勢の人の声に埋もれていると、不思議と安心できた。存在を許された気持ちになれた。 朝になって、優也から折り返しの電話がきて、『昨夜はゴメン』なんて申し訳なさそうに言われても、普段と変わらず話せた。 けど、あの日、深夜二時過ぎ、ないと思っていた優也からの折り返し電話がかかってきた。 あたしはファミレスの隅のソファ席で、ボンヤリしたまま、ただ座っていた。スマホが小刻みに揺れていたけど、それが着信のバイブだと気づいたのは、しばらく経ってからだった。ボンヤリしたまま、なんとなく電話に出たら、いきなり『どこにいるんだ?』と聞かれた。周囲の音が聞こえたんだろう。ファミレスにいると伝えると、即座に『今から迎えに行く』と言われた。 『大丈夫、もう帰る』と断っても、『いいから待ってろ』と、珍しく強い口調で言われ、頷くしかできなかった。 電話を切ったあたしは、氷の解けた烏龍茶を飲みながら優也を待った。 『電車もないのにどうやって来るんだろう。まさか歩きではないだろうから、自転車かな? どれくらい時間かかるのかな』なんて考えていたら、すぐに優也が現れた。なんと、車で迎えに来てくれたのだ。 助手席にあたしを乗せて、狭そうな運転席でハンドルを握った優也は『もう、夜中に一人で出歩かないでくれ。俺が出るまで、何度電話してもいいから』と、泣きそうな顔で言った。 あたしは黙って助手席のシートに沈みながら、眠るように『わかった』とだけ呟いた。 優也はこんなふうに、彼氏でもできないようなことをサラリとやってのける。 こうやって過保護にされて、あたしは優也がいないと生きていけない人間にされる。 それは、心地よくもあり、怖くもあった。
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