【11】賭け――現在

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【11】賭け――現在

「里川! 繭から離れろ!!」 優也はすぐに体を起こして、ナイフを片手に里川に命じた。 ゆらり、里川が立ち上がる。 ガムテープを貼られて拘束されたあたしは見ているしかできなかった。けれど優也が助けに来てくれたことで、ほっと胸を撫で下ろしていた。 優也はLINEを見てくれたのだ。 そしてストーカーの文字を見て、心配して助けに来てくれたに違いない。また優也に頼ってしまった自分は情けないけど、有難い。 と、優也はあたしの予想と全然違うことを話し出した。 「七年前、繭の親父さんを殺したのは里川、オマエだな」 「いきなり何を言いだすんだい、優也くん。僕は警官だよ。そんなことするわけないじゃないか」 「警官が女子高生を部屋に連れ込んでレイプするか?」 「レイプなんていやだなぁ。これは合意だよ。ねぇ? 繭ちゃん」 あたしは必死に首を振った。 「ガムテープにロープまで使って、合意だなんてよく言えるな」 「こういうプレイさ」 淡々と話す里川に焦りは全く感じられない。 ナイフをもっている優也の方が状況的には有利なはずなのに。 それが不気味だった。 里川は、何か奥の手を持っている。 「まぁいい。七年前の話をしようじゃないか。あの時、あの火事の時、あの場所にいたのは俺とオマエしかいない。俺が死体を運んだ時も、火の中に放り込んだ時も、親父さんの頭から血は流れていなかった。」 「だから、何だというんだ?」 「親父さんの死因は頭部の裂傷だと聞いた。 じゃあ、いつ? いつ親父さんは頭に裂傷を負った? 猟銃が落ちてきた時じゃない。あの場所には、そもそも一滴の血痕も残っていない。つまり、その時には裂傷はなかった。 俺が運んでいるときでもない。焼き捨てるとき、毛布を確認した。血の跡はなかった。 そう考えると一つしか考えられない。里川、オマエが燃え上がる管理事務所に果敢にも飛び込んだ時だ」 「へぇ……それで?」 「その時、繭の親父はまだ生きっていた。 けど、その後頭部に、例えば警棒を浴びせて、何度も何度も殴って……頭が割れるまで殴って、オマエは繭の親父を殺した。 そうだよな?」 しばらく張り詰めた沈黙が続いて、うふふ、と気持ち悪く里川が笑い声を漏らした。 「素晴らしい推理だよ。探偵みたいだね、優也くん。でも証拠がなにもない。そこはお粗末だね、高校生探偵さん?」 「犯行自体は認めるんだな」 「ああ、認めよう。そう、僕が殺してあげたんだよ。繭ちゃんを酷い目に合わせる父親から、繭ちゃんを守ったのはこの僕だ。決して優也くんじゃない。だから繭ちゃんの本当のナイトは僕なんだ。なのに優也くんと……。とんでもない裏切りだよ」 ブツブツ呟く里川の言葉は頭に入ってこなかった。 あたしの頭はパニックで。 お父さんを殺したのは、優也のお父さんでもなく、あたしでもなく、里川なの? お父さんに猟銃が落ちてきて動かなくなった時、お父さんはまだ生きてたの? それじゃあ。 それじゃあ。 優也は犯罪者の息子じゃないし、あたしも殺人犯じゃない? この七年、ずっと、この里川って男に振り回されていただけなの? あたしの頭の中でクエスチョンが絡まる。 「里川、繭をストーキングしてたのもオマエなんだな。最後の慈悲だ。自首しろ」 優也がナイフを握り直し宣言した瞬間、ひらりと腕を翻した里川は、バン、と一撃で優也を撃ち抜いた。 銃の先から煙が上がっていて。 がたん、と優也が床に倒れる。 優也の脚から、真っ赤な血が流れ落ちる。 「警官のメリットは、いつでも銃が使えることだよね。本当は拳銃を持つときは申請がいるけど、他所で買ってしまえば、隠し場所はいくらでもある。だからナイフなんかで、優位に立ったと思わない方がいいよ、優也くん」 里川が何の感情も映さず、優也の頭に銃口を向ける。 あたしは必死に床を這って、里川の足元に絡みついた。 すると里川は、 「そうだ、繭ちゃんが僕の言うことをおとなしくなんでも聞くっていうのなら、優也くんを助けてもいいよ」 きっと嘘だろう。 だけど、時間稼ぎにはなる。 あたしは何度も頷いて、里川を強く見つめた。 そんなあたしの意思が伝わったのか、嬉しそうに近づいてきた里川は、あたしの口のガムテープをゆっくり外した。 「大人しくしてないと、優也くん殺しちゃうからね」 そう言ってゆっくりズボンのジッパーを外す。 続いて取り出された汚いものに、あたしは目を背けた。 「どうすればいいか分かるよね? 繭ちゃんはもう高校生だもんね」 息遣いも荒く、興奮気味に言う里川。 そんな里川に、目を背けたまま言った。 「手が使えないとうまくできない」 言うと、蔑むように、 「そんなことまで知ってるの? 繭ちゃんはやっぱり淫乱だね。優也くんとそんなことまでしてるんだ? いいよ。ロープを外してあげよう」 里川が後ろに回ってロープを外す。 外し終わって、恍惚とこれから訪れる快楽に想いを馳せた里川は、『さぁ、はやく』そう言った。 あたしは両腕を床につけて、里川の汚いものを鼻先、掠るようにして、大きく床を蹴った。 そして素早く倒れた優也の前に転がったナイフを拾った。 ナイフの切っ先を、里川に向ける。 「そ、そんなことをしても無駄だよ、繭ちゃん。拳銃とナイフでは勝ち目なんて……」 「あなたにあたしが撃てる? 七年もの長い間、気持ち悪い執着の全てをあたしにぶつけてきたあなたに。足だって腕だって、撃てっこない」 「撃つのは簡単なんだよ? 繭ちゃん……」 パン、 あたしの足元に、火花が散った。 「だったら、さあ、頭めがけて撃ってみなさいよ。あなたにあたしが殺せるなら、殺してみなさいよ!」 パン、 反対の足元にまた火花が散った。 パン、 パン、 パン、 頰を掠って、ひり、と痛みを伝えてくるけど、あたしは怯まない。 パン、 頭上を振動が走って、銃声は止まった。 かちり、かちり、と乾いた音が響くだけ。 「弾が尽きたみたいね」 「大人の男と女子高生では、いくらナイフを持ってたって君の方が不利だ」 「誰があなたを刺すと言った?」 あたしは、ナイフの切っ先を自分に向けた。 「署に電話して。でないとあたしがあたしの喉を掻っ切る」 「繭……!!」 沈黙していた優也が叫んだ。 「やめろ繭!!!」 「やめない! 優也、今度はあたしがあなたを守る番。さぁ、里川、電話しなさい。でないとあなたの大事な繭ちゃんが死ぬわよ」 数秒の睨み合いがあった。 へなへなと里川が床に座り込む。 「電話はできないよ」 「いいえ、するしかないわ。あなた、あたしのナイトなんでしょ。 だったら見殺しになんてできないわよね」 「繭ちゃん……」 バタバタバタ。 突然、沢山の足音が聞こえて、優也の壊したドアから、田中刑事が現れた。かちり。銃口を里川に向けて。 「里川、そこまでだ。優也くんの無線から全て聞かせてもらった。七年前の殺人容疑と、綾瀬繭さんへのストーカー容疑で逮捕する」 そこであたしは、はじめて気づいた。 優也は、無線で、聞かせてたんだ。 無鉄砲にも、ナイフ一つで飛び込んだんじゃなくて。 証拠がないなら、自供させようと……それを、無線で田中刑事に聞かせようと……さすが優也。頭の出来があたしとは違う。 「繭、大丈夫か」 「そっちのほうが、大丈夫?」 「出血はそんなに酷くない」 痛いくせに、心配かけまいと、そんな風に言う。 「あたし、優也を守ったよ。守れたよ。 もう大丈夫。 優也、あたし……」 ……もう、ひとりで大丈夫だよ。 心の中でつぶやいて、意識を手放した。 最後に視界に映ったのは優也の心配気な整った顔。 こんな時でも、優也は本当に綺麗だね。 ドラマの一部みたい。 あたしたち、他人に振り回されてるだけだったね。 もし、ただの優也とただの繭で、なんにも悲しい事情なんてなく出会ってたら、あたしたちは変わってたのかな?
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