三.簪の乙女

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 宇佐河の水位は低く舟を使わずに馬で渡る事ができた。  渡った先は大神の故郷(ふるさと)。鷹人は見知った顔を見かけると、すぐに馬を降りて挨拶をした。  忘れられているかもしれない、怪訝な顔をされる事も、無視される事も当然覚悟していた。だが、誰一人そのように接する者はいなかった。幼馴染たちが再会を肩を叩いて喜んでくれた時には、鷹人は思わず涙が出そうになった。 また、大神郷全体が以前より明るくなった印象を受けた。おそらく、鷹人の養父の大神田麻呂と、杜女の罪が許された事が大きく影響しているのだろうと、鷹人は思った。  懐かしい生家。  普通なら心安らぐ場所の筈だが、鷹人の表情は僅かに固く強張った。鷹人にとっての生家は、ヒンヤリと寂しく冷たい場所だった。主人には郷でゆっくりと言われたが、正直とてもそのような気分にはなれない。都で温かい自分の居場所を見つけたからか、尚更重く鷹人にのしかかった。  鷹人は大神の屋敷の前に着くと、馬を優しく労い手綱を真鳥に預けた。 「なあ、やっぱり一度宮に帰るのか? 真鳥さえ良ければ、お礼も兼ねてうちで労いたいのだが……」  真鳥がいれば少しは違うかもしれない。鷹人はそう思い真鳥を引き留めた。 「お心遣いありがとうございます。 でも馬たちの世話を他人(ひと)に頼んでいて、気が気でないんですよ。 せっかく一日早く帰って来れたのでできれば自分で世話をしてやりたいんです」  そう言う真鳥を無理に引き止めることはできなかった。 「そうか……わかった。 では予定通り明後日、昼前ぐらいの出立になると思うが、また頼む」 「承知しました。 くれぐれもゆっくり休んでくださいね」  ああ と手を振り真鳥と別れた鷹人は、キュッと背筋を伸ばし大きく息を吸う。 「鷹人、ただいま戻りました!」
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