伝承

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「実は……この二か月ほど雨が一滴も降らぬのです。このままでは作物が育たず、井戸の水も枯れ果ててしまう。村人たちが多く死ぬことでしょう。無力な拙僧は村のために何もすることができず、こうして現実から逃避して碁を打つのみ。拙僧が(にえ)となって死ねば、天帝が哀れんで干天の慈雨を降らせてくださるであろうか……と思い悩んでいた次第でして」 「およしなされ。天帝は、腐敗した漢朝の(まつりごと)をお嘆きなのだ。各地で起きている旱魃(かんばつ)は、天上の神々の怒りそのもの。人間一人の命を犠牲にしたところで、どうにもならぬ。だが……」  私ならば、この土地一帯に数日の雨を降らせることができるであろう――美髭の男は意外なことを口にした。驚いた和尚は「あなたは……何者ですか」と問い、男を凝視(みつ)めた。  彼は、この日照りが天上の最高神たる天帝が人々に下した懲罰だと言っておきながら、その天意に数日逆らえると断言したのだ。それが口先の(げん)でないとすれば、常人とは思えない。  美髭の男はしばし黙していたが、やがて「我は……」と言い、おもむろに立ち上がった。
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