49人が本棚に入れています
本棚に追加
第11話 寛解への道(8) ~リワーク・プログラム~
ウォーキングを初めて3ヵ月が過ぎ、体力もだいぶ戻ってきていた。
早朝のヨガを終え、2人で朝食をとっているとラパンツィスキ様から新たな提案があった。
「イレーネ様の体力もだいぶ戻ってきたので、リワークプログラムといって、これから公務への復帰を目指して、いろいろな活動を計画的に増やしていきましょう。それで公務復帰に耐えられる気力・体力を養うのです」
「どんな活動がいいかしら?」
「まずは、雨でウォーキングができない日はダンスのレッスンをしましょう。勘所も鈍っているでしょうから…
それから教会の奉仕活動への参加や孤児院への慰問も少しずつ始められてはいかがでしょうか?」
「そうね。そのくらいならできるんじゃないかしら」
「くれぐれもご自身の体調には注意を払っておいてくださいね。悪化するようなら、またもとに戻しますから。焦らず、のんびりといきましょう」
「わかったわ」
それにしても、相変わらず、ラパンツィスキ様は過保護だと思う。
本人に自覚はあるのかしら…
思い立ったが吉日というが、今日の天気は雨だった。
ということで、ダンスのレッスンの準備に取り掛かる。
練習は本番さながらのドレスを着て行うので、まずはその準備だ。
メイドの皆さんが私に寄ってたかって、風呂で肌を磨き、髪を洗い、化粧水でお肌の手入れをしたあと、メイクを施す。
シャンプーや化粧水は、ラパンツィスキ様のお祖母様が錬成してくださった特別なものを提供してもらった。
ラパンツィスキ様のお祖母様は高名な錬金術師だったのだ。
シャンプーや化粧水の効果には、私もメイドさんたちも驚いていた。
髪は艶々と美しく輝き、お肌の美白効果も素晴らしいし、子供の肌のようにプルプルになった。
ドレスを着つけるに当たっては、久しぶりにコルセットでウエストを締め上げるのだが、侍女のワンダは相変わらず容赦がなかった。
「姫殿下のウエストのくびれは以前よりは素晴らしくなりましたわ」
と言ってくれたが、私を気遣ってのお世辞なのか、はたまたヨガやウォーキングの効果が出ているのかはよくわからない。
ダンスの先生も相変わらずの鬼教官ぶりだったが、病み上がり後の初めてのレッスンだということで、それでも手加減はしてくれているらしい。
ダンスの先生は「以前よりも姿勢が断然によくなりましたね」と言ってくれた。
これはヨガやウォーキングでラパンツィスキ様に鍛えられた効果なのだと思う。
病気に良かれと思って割り切ってやっていたが、思わぬところで褒められて嬉しかった。
ダンスは、なんだかんだで、ヨガやウォーキングよりは運動強度が高いし、使う筋肉も違うので、結構疲れる。
途中、小休止して、汗を拭っているところで、ラパンツィスキ様が様子を見に来られた。
「イレーネ様。どうですか?無理はされていませんか?」
「ええ、少しだけ疲れたけれど、大丈夫みたい」
そこでダンスの先生から提案があった。
「せっかくいらっしゃっていただいたので、ラパンツィスキ様にダンスのお相手をしていただいてはいかがですか?」
ラパンツィスキ様は乗り気になったようで、ちょっと熱い視線で私を見つめている。
──これで断れるわけないじゃない!
でも、ちょっと汗をかいちゃったからな。私、臭っていないかしら。脇汗とかだいじょうぶかな…
少し不安が過るが、そんなことは口にできない。
「では、お願いしようかしら」
「喜んで」
私は、立ち上がりラパンツィスキ様と手を組むと、彼がグイッと私の腰を抱き寄せ、体が密着した。
うわぁ。ダンスの姿勢って、よく考えるとかなり煽情的よね。
「それでは始めてください」
ダンスの先生がそう言うとレッスン用のピアニストが音楽を奏で、私たちは踊り始めた。
──ああ。上手い!
ラパンツィスキ様はダンスの先生と遜色がないくらいリードが上手だった。踊っていてとても安心感がある。
最初はダンス用の作り笑顔をしていたのだけれど、楽しくなってきて、より自然に微笑むことができているように思った。
ラパンツィスキ様の方は、キラキラとした微笑みを浮かべながら、私の顔を熱く見つめている。
私も恥ずかしくて目を逸らしそうになるのを耐えながら、なんとか笑顔をキープして彼を見つめ返した。
そして曲が終わるとダンスの先生はパチパチと拍手をして褒めてくれた。
「お二人ともなかなかのものではないですか。息もぴったりですし…。もしかして二人で練習されていたのですか?」
「いえ…そんなことは…」
「しばらくブランクがあったので、心配していたのですが、あともう少し勘所を取り戻せば、いつでも夜会には出られますね」
「ありがとうございます」
そこでレッスンはお開きとなり、先生とピアニストは退出して行き、部屋で二人きりとなった。
「あのう…アマンドゥス。先生はああおっしゃっていたけれど、もし夜会に出ることになったら、エスコートはあなたにお願いできるかしら?」
「もちろんですとも。喜んで」
彼はいつものキラキラとした笑顔で答えてくれた。
今の私には、他の殿方にエスコートしてもらうことなど、想像もつかなかったのだ。
◆
それから何日かして、孤児院への慰問へ行くことにした。
その前日。
ラパンツィスキ様から台本を渡された。庶民の間でもポピュラーな「眠り姫」のお話だ。
「これは?」
「折角ですから、明日人形劇をやろうと思うのです」
「それは素晴らしいわ。で、この台本は?」
「イレーネ様には女性の役をやって欲しいのですが…」
「ええっ!」
思わぬ提案に私は驚いた。
孤児院の職員が人形劇をやっているのを横で見たことはあるが、あれはたいしたものだった。
一人で何人もの声色を使い分けていたし、演技力も相当なものだった。
あれを明日すぐにやれと言われても全く自信がない。
「さすがに何人もの何役も声色を変えてやるのは自信がないわ」
「では、姫の役だけでもお願いします。他は孤児院の職員に頼んでみましょう」
「わかったわ」
とはいうものの、自信がないことには変わりがない。
その晩、姫の台詞を声に出して読んでみた。
だが、しっくりこない。
私っていちおうリアルの姫だから、素のまま読めばいいかと思ったのだけれど…
庶民が描く「姫」のイメージってどんなのだろう…?
それからちょっとモヤモヤしながら床に就いた。
そして翌日。
孤児院への慰問の品などもあるので、馬車で向かうことになった。
馬車に乗ろうとしたところで、ラパンツィスキ様が手を差し出してエスコートしてくれる。
──こういうところは、卒がないのよね…
だが、手を握られたくらいでは動じない。この頃になって、やっとラパンツィスキ様に対する耐性がついてきたのだ。
馬車が孤児院に着き、人形劇の準備が始まった。
だが、その様子を見て不安になった。
人形劇の舞台は孤児院が用意してくれたのだが、舞台背景も小道具の類も一切ない。
それにあの人形…
以前に孤児院で人形劇をやっていたときは、パペット人形を使っていたのだが、そうではなくて普通の人形だった。
かなりリアルに作られているが、それだけに立たせることもできず、ゴロリと横になっている。
さすがに孤児院の職員も不安になったらしく、「本当に私たちは台本を読むだけでよろしいのでしょうか?」と聞いてきた。
「大丈夫ですよ。すべて私にお任せください」
とラパンツィスキ様は何事もないかのように答えた。
そして不安の中で舞台が幕を上げたのだが…
「わーっ!」と子供たちの歓声が上がった。
私が思わず舞台の横から覗いてみると…
「うわっ!」
私は思わず、驚きの声を上げてしまった。
なんとリアルなお城の中で、王様とお妃さまの人形が堂々と椅子に座っている。
──これって魔法? 魔法なの?
おそらく幻影魔法で舞台背景や小道具を見せながら、人形も操作しているのだろう。
これも元素魔法からは外れているから、相当な高難度の魔法のはず…
──たかが人形劇に対し、なんたるハイスペックな…
私は呆れたが、子供たちは喜んでいるから、まあ許そう。
そして孤児院の職員がナレーションを読み、ラパンツィスキ様の出番が来た。王様の台詞だ。
「なんとかして、子供が一人欲しいものだが…」
うわぁ。本当に王様みたい…お父様が芝居がかって台詞を言ったら、ちょうどこんな感じだろうか…
そしていよいよ私の出番が来た。
「おばあさん、何をしているの?」
「糸をとっております」
「それは何? 面白そうにぐるぐる跳ねまわってるものは…」
ちゃんとできているかしら…
子供たちの反応を見る限り、しらけてはいないようだ。
そして茨のシーン。
王子たちが眠り姫のいるという城に挑むが、うねうねと禍々しくうねる茨に次々と撃退されていく。
すごくリアルで不気味だ。
そして本命の王子の登場なのだが…
ラパンツィスキ様が勇ましく台詞を読む。
「この悪しき茨どもめ。王子ジークフリートが全てを焼き払ってくれるわ!
炎よ。煉獄の炎となりて悪しき茨を焼き払え。王子ジークフリートが命ずる。ヘルファイア!」
煉獄の炎が茨を襲い、茨は苦しむようにのたうち回りながら焼かれていく。すごい迫力だ。
でも、これって本命の王子に対して、茨が道を開けるシーンじゃなかったっけ?
それに王子って、魔導士なの?
さらに、クライマックスの王子が姫にキスをするシーン。
「チュッ」とリアルな音がしたので、見てみるとラパンツィスキ様が自分の手の甲を吸って音を出していた。
えっ? なんでそんな技術を知っているの?
子供たちには大受けだ。恥ずかしがりながらも「わーっ」という声をだして盛り上がっている。
子供でも、こういうシーンは大好きなのね…
こうして、人形劇は大いに盛り上がって幕を閉じた。
孤児院の職員も大感激して、ラパンツィスキ様と握手をしながら、何度もお礼を言っている。
それもそうだ。
人形劇ではない普通の舞台だって、こんなにすごい演出は見たことがない。
結局、またやってくださいということになり、私とラパンツィスキ様は孤児院を後にした。
帰り道の馬車の中で聞いてみた。
「なぜ王子が魔導士だったのですか?」
「いやあ…この際だから魔導士の株を上げておこうと思って…それにあのほうが断然カッコいいし、迫力もあったでしょう!」
私は、(確かに敵におとなしく道を譲られたら男の子としては面白くないわよね。この人も男の子なんだな…)と思い、彼の思わぬ一面を見た気がして、可笑しさで「ぷっ」と吹き出してしまった。
私に笑われたラパンツィスキ様は、何とも言えない微妙な顔をしていた。
ちょっとすねちゃったかな?
◆
その後に行った教会の奉仕活動では、聖女様が久しぶりに戻ってきたといって、大歓迎された。
ラパンツィスキ様も治療魔法で病人の治療に大活躍し、治療された者は涙を流して喜んでいた。
こうして、私のスケジュールはダンスのレッスンや孤児院の慰問、教会の奉仕活動以外にもマナーのレッスンや家庭教師の授業などに徐々に数を増やしていき、ほぼ一日なんらかの活動をするようになっていった。
体調の方も一進一退はあったが、全体として右肩上がりで回復していった。
最初のコメントを投稿しよう!