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第8話 寛解への道(5) ~ウォーキング~
そうこうしているうちに、私の症状は一進一退を繰り返しながらも徐々に改善していき、半年もするとかなり回復していた。
すると、ある日。
習慣となった朝のヨガを終わり、2人で朝食をとっているとき、ラパンツィスキ様に提案された。
「症状もだいぶ改善してきたようですので、これからは姫殿下が公務に戻れるよう、少しずつ体に負荷をかけていってみましょうか」
「そうですね。やってみることにします」
ラパンツィスキ様に全幅の信頼を寄せている私は、もはや言うがままだ。
「まずは、散歩から始めましょう。ウォーキングは全身運動になるので、簡単なようでいてなかなか馬鹿にならないんですよ。
今日は天気もいいので、皇城の庭でも散歩してみましょうか」
「いいですね。私、皇城の庭は広すぎて全部は見たことがないんです」
散歩と簡単に考えていたところ、ラパンツィスキ様に意外なことを言われた。
「それでは早速と言いたいところですが、ウォーキングは正しい歩き方をすることが大切なんですよ。それができないないと、かえって体に良くない負担がかかることがあるんです。
まずは、姫殿下。特に意識せずに、普通に立ってもらえますか」
私は、椅子から立ち上がり普通に立ってみた。
するとラパンツィスキ様は私の周りをぐるりと回り、その様子を前後左右から観察している。
──そんなにじっと見られると恥ずかしいんですけど…
「なるほど…では、そのままいつものように歩いてみてください」
言われたとおり歩いてみるが、なんだか自信がなさげな歩き方になってしまった気がする。
「姫殿下の場合は、腰が少し前へ出ていて、猫背ぎみになっていますね。その結果、歩くときに骨盤が回っていなくて、歩幅が狭まり、手の振りも小さく、ちょこちょことした歩き方になっています。
こういう歩き方をしていると筋力が落ちてしまうんです。見た目も元気というか活力がない感じの印象になってしまいます」
「そ、そうなんですか…」
う~ん。改めてダメだしされると結構へこむなあ…
「歩き方には個々人の癖があって、癖のない人などいませんから、あまり過度に気になさらないでください。
では、まず立つ姿勢から直していきましょうか」
「はい。お願いします」
ラパンツィスキ様は自分が手本を見せながら、指導してくれる。
「まずは、足を少し外側に開き気味にして、重心を中央に寄せてください。
次に尾骨を内側に巻き込むようにひっこめ、おへそもひっこめます。すると背骨の過度な反りが解消されます」
やってみると、なんとなくできている気はするが、尻の筋肉とかが意外にきついな…
「姫殿下の場合、肩が内に入っていますので、肩を後ろに引かずに横に開くようにしてください」
うっ。これも結構きつい…胸の前側が固まっている感じだ。
「それから、首の後ろあたりを上に引き上げるようにして、背筋を伸ばしてください」
なんだか、あちこちが辛いし、普段使っていない筋肉が働いている気がする。
ただ立っている姿勢を少し変えただけなのに不思議だ。
見本を見せてくれているラパンツィスキ様を見ると実に完璧にできている。
そうか、(この人は立ち姿がきれいだからカッコよく見えるんだな)と妙に納得した。
「そうです。ほぼできていますよ。
では、その姿勢をキープしながら歩いてみましょう。
骨盤がしっかり回るようにみぞおちの辺りを軸に前後に動かすイメージで、歩幅と腕の振りはいつもより大きめにしてみてください」
「はい。やってみます」
いちおう言われたイメージで部屋の中をぐるぐると歩いてみるが、これでできているのだろうか?
「まあ、だいだいできているんじゃないですか。いきなり完璧にというのは無理ですから、今日は今の感じをキープできるように意識を持って歩いてみてください」
「はい。わかりました」
「では、いきましょう。少し早めに歩きますが、小走りにならないように、骨盤をしっかり回して歩幅で稼ぐようにしてください」
と言うとラパンツィスキ様はスタスタと庭に向かって歩いていく。
遅れないように歩いていると、ついつい小走りになりそうになる…ここは骨盤をしっかり回して…って、結構難しい。
翻って思うと、私って普段から歩くのが人より遅かったのよね。歩き方に原因があったってことか…
「呼吸は鼻で吸ってから細く長く吐きます。吐くときに嫌なことを吐き出してしまうことをイメージしてください。
慣れてきたら、臍の下の『丹田』というツボを意識して、頭に上がったエネルギーを丹田に下ろしていくようにします」
なるほど…ヨガの呼吸と似ているってことね…
季節は丁度秋に入ろうかというところで、庭を歩いてみると、あちこちできれいな花々が咲き始めている。
そんなときは、ラパンツィスキ様も足をとめてくれて、花に関する感想などを言い合った。
そのついでに、背中や足のストレッチをする。
結局、今日は私が疲れてしまって。庭を全部回り切れなかった。
ラパンツィスキ様は、「明日はルートを変えて今日回っていないところを通るコースにしましょうか」と言ってくれた。
思えば1日のうちのかなりの時間をラパンツィスキ様と過ごすようになって、もう半年が経った。
最初は緊張で会話が途切れて焦ることもあったけれど、今は会話が途切れたところで、話題を探そうという気負いがあまりなくなってきた。
当たり前のように彼がいて、その空間を彼と共有しているだけで、会話がなくとも何か安心なのだ。
が、ふと思わず(病が治って欲しいのはやまやまだけれど、そうしたらラパンツィスキ様とはお別れになるのだろうか)などと考えてしまったら、胸の奥がズキッと痛んだ。
ダメだ。治った後のことは、またそのとき考えればよい。今から不安がってどうする。
私はネガティブな思考を必死になって否定した。
そして1月ほど経った。
私は皇城の庭を余裕で回れるようになっていた。何だったら2周でもできるだろう。
自分で言うのもなんだが、立っている姿勢も随分と良くなったように思う。
そんな姿の自分を鏡でみると、(自信のない内気だった少女が、人前で胸を張っていられる大人のレディに脱皮しようとしているのだ)と思ってしまうのは、あまりにナルシスト過ぎるだろうか…
しかし、これだけは言える。
私の内面は確実に良い方向へと改善している…
私はかねてから思っていたことをラパンツィスキ様にお願いしてみることにした。
「ラパンツィスキ様。実は…」
「姫殿下。前からお願いしようと思っていたのですが、姫殿下は皇族の御立場なのですから、私のことはラパンツィスキと呼び捨てになさってください」
それは、正論なのだけれど…
ここは思い切ってみよう。
「ならば、アマンドゥスと呼んでもいいかしら」
いきなりファースト・ネーム呼びは恥ずかしかったかな…
「姫殿下がそうお思いでしたら、ご随意に」
「ありがとう。その代わりに私のこともイレーネと呼んで欲しいわ」
「そ、それは…あまりにも…」
「ねえ。お願い…」
私は精一杯甘えた声でお願いする。
「姫殿下がそこまでおっしゃるのでしたら、仕方ありません」
「だから姫殿下ではなくてイレーネだってば…」
「承知いたしました…イレーネ様」
これで2人の距離がだいぶ縮まった気がして、私はニンマリした。
「それでね。アマンドゥス。私、皇都の町を散歩してみたいの。
いつも目的地までは馬車で行っていたから、なんだか町の雰囲気が肌で感じられなくて…」
「それはお忍びでということですよね」
「もちろんそうなるわね」
そこでラパンツィスキ様は突然に違う質問をしてきたのだが…
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