8人が本棚に入れています
本棚に追加
まだ膝が震えているけれど、どうにか自分で歩けそうだ。鈴の音の青年が、ずっと肩を支えてくれていたからだけれど。そっと手を握られる。大きくて暖かい手だ、とあやめは思った。
「下を向いていて。僕についてきて」
「は、はい」
「いいかい、僕の手を離してはいけないよ」
「……はい」
手を引かれて駅舎を歩く。
周囲を見ないように、ずっと地面を睨みつけながら歩いた。
駅舎を抜けて、町中を進む。
ずいぶんと歩いたころに、男が足を止めないまま「もういいだろう」と言った。
その声にあやめが、おそるおそる顔をあげると──
「え、ここどこ?」
夕焼け空。
レンガ造りのレトロな建物。
その間に揺れる、赤い提灯。
見たこともない街並みが広がっていた。
あやめは東京駅にいたはずだ。けっこう歩いたとはいっても、せいぜい一駅くらいのはずだ。それなのに、コンクリートの建物の立ち並ぶ東京の街が、どこにもない。
「ああ、やはり君はウツシヨから来たんだね」
絶句しているあやめに、男が言った。
「ウツシヨ?」
「君たちの世界のこと。あやかしと不思議なき世だ」
最初のコメントを投稿しよう!