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柔らかく、唄うような口調にあやめは聞き入ってしまう。
あやかし。不思議。
あやめは息を呑んだ。もしかして、自分は死んでしまったのかもしれない。ここは、あの世なのではないか。そうでなければ、こんなことは説明がつかない。
「嘘、でしょ……私、死んで……?」
「ははは。大丈夫、死んでないよ。ここは君たちの世界とは違う理で動く、カクリヨだ」
「カクリヨ……」
「ウツシヨとカクリヨ、硬貨の表裏のように存在する別世界さ」
足早に歩いていた男が、ぴたりと止まった。
「さぁ、ついたよ。とりあえず入って。話はそれからだ」
そこは木造の小さな二階建てで、壁は男のスーツとおなじ生成色に塗られている。
入り口に立て掛けられた大きな看板には筆字でこう書いてあった。
「楢崎……探偵事務所……?」
「申し遅れてしまったね。僕は楢崎龍彦。一応、ここの所長だ」
龍彦は言った。
頬に浮かんでいる柔和な笑みが、奇妙な影法師が歩き回っている異界に迷い込んだあやめを安心させてくれる。この人はいつも微笑んでいるタイプの人なんだろうなと思った。
初めて会ったはずなのに懐かしい面影を感じさせる人だ。
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