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「ありがとうございます」
「こっちに迷い込んだっていうことは、なにか霊的な素質があるのかもね」
「あー……なるほど……」
「ともかく、僕がたまたま帝都駅にいてよかったよ」
「帝都駅ですか、東京駅ではなくて?」
「そ。こちらでは、帝都駅」
むぐむぐとカステラを頬張った龍彦は幸せそうに煎茶に手を伸ばす。
「カクリヨの帝都にようこそ、東條あやめさん」
ふわり、と龍彦が笑った。口の端に、カステラのかけらがついている。
人好きのする笑顔だけれど、なんだか何かが引っかかるような気がした。
あやめもカステラを一口いただくことにする。はちみつの風味が豊かで、じゅわっと甘いカステラだった。分厚くて甘い耳には、たっぷりのザラメが使われていて歯触りが楽しい。
「おいしいです」
「それはよかった、お気に入りなんだ」
「ごちそうさまです」
「でも、ウツシヨに帰る手立てを考えなくてはね。君の縁者が心配するだろうから」
「そう、ですね」
あやめのことを心配してくれる人など、身近にはいないのだけれど。
会社がまだあれば出勤してこないことを不審に思ってもらえたかもしれないが、今となってはそれも望めない。
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