8人が本棚に入れています
本棚に追加
走っても走っても、見知った東京駅には辿り着かない。
ゆらゆらと不気味な影が行き交っている、奇妙な駅舎から出られない。
もう、だめだ。
恐怖とパニックが最高潮に達して、その場に座り込んだ。
ぎゅっと目を閉じる。
消えたい、消えたい、消えてしまいたい。
そんな声が頭の中に響く。
──どうして、お前は言われた通りにできない。
──ご先祖さまも代々やってきたことなのに、みんながやっていることなのに。
──役立たず、お前なんかいらない。失敗作め、できそこないめ。
消えたい。消えたい。助けて、消えたい。
あやめが過去に聞いてきた声と、消えたいと叫ぶ声とがぐるぐると渦を巻く。
吐きそうだ。気持ちが悪い。影法師たちも気味悪い。
あやめは叫んだ。声にならない声で、叫んだ。
誰か、助けて。
──そのとき。
りん、りん。
涼しげな鈴の音がした。
「……ねぇ、君」
柔らかい声がして、そっと肩を叩かれた。
わずかに顔を上げると、真っ黒い瞳と目があった。
柔和な笑みを浮かべた青年だ。俳優かと思うくらいに整った顔をしている。
最初のコメントを投稿しよう!