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肩よりわずかに長い黒髪をゆるく束ねている。年は二十代半ばで、淡い生成色のスーツにパナマ帽をかぶっていて、整った顔立ちに金色の丸縁メガネが似合っている。大正とか昭和とか、そういう時代を舞台にしたドラマに出てくるような格好だ。
「君は……」
ポケットから銀色の鎖が覗いていて、そこには同じ銀色の小さな鈴。
りん、りん。
さきほどの音は、この鈴だったようだ。
「大丈夫? 立てるかい」
「はい、えっと……無理です」
周囲の奇妙な人影は、まだ消えていない。膝が笑ってたてそうもなかった。
人影のなかで青年だけがリアルに見えるのも気持ちが悪いような気がした。
「ふむ……なるほどね」
青年はじっと何かを考えると、あやめの体を両腕で抱き上げた。
「えっ! あの、ちょっと」
「静かに。それから、目を伏せているといい。人の少ないところまで行こう」
「人の少ない……」
「おっと、ごめん。そういう意味じゃなくて……とにかく、僕にまかせてくれ」
「歩けます、歩けますからおろしてください!」
「そうかい?」
さすがに、お姫様抱っこは抵抗があった。
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