隣人

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どしゃ降りの雨の中、未来(みき)を傘に入れてくれたのは、王だった。 「ミキサン、ドウシタノ?」 困惑した表情を浮かべた王の、憂いを含んだ目に見つめられて、止まりかけていた未来の心はかろうじて動き出す。 「コノママダト、カゼヒキマス。オミセニ、イコウ。」 未来の背中にそっと手を添えた王の視線の先には、バイト先である中華料理店の立派な入り口があった。 「まだ、こんな所。」 こんなにくたくただと言うのに、あまりにも見慣れた風景の中に立つ、情けない自分の姿に呆然とする。 そして文字通り、王に背中を押された未来は、歩き出そうとして、足を止めた。 「王くん、私行けないよ。大丈夫だから行って。王くんまで変な目で見られるよ。」 「ああ、でも私と会ったって、誰にも言わないで。」 雨なのか涙なのか区別はつかなかったが、目を真っ赤にして訴える未来に、王は首を振った。 「シゴト、ヤメマシタ。ソツギョウ、タイヘンダカラ。ニモツトリニキテ、オミセデタラ、ミキサンイマシタ。」 「そうか、ごめんね。忙しいのに。」 よく見ると、王は大きなバックを肩から掛けていた。 「こんなんじゃ、私はどうしようもないし、王くん構わず行っていいよ。」 私は大丈夫と言いかけて、くしゃみをしてしまった未来に、王は傘を持つように言うと、鞄の中から綺麗な水色のマウンテンパーカーを取り出して、未来に着せた。 「ヒトリデ イカナイ。イッショニ カエロウ。」 その言葉を聞いた未来は、初めてこの店に来た時のことを思い出した。 「王くんは、私のピンチの時に、いつも現れてくれるね。」 肩から下はびしょ濡れで、傘など殆ど役に立っていなかった。 見兼ねた王は、咄嗟に未来の手を取った。 「キテ。」 王に引っ張られるようにして、歩き出した未来は、 自分と同じくらい冷たくなってしまった王の手を、 振り払うことが出来なかった。 そうして少し歩いた所で、王は足を止めてから振り返ると、掴んでいた未来の手を離した。 「ゴメンナサイ。ヌレルネ。」 王の戸惑いも優しさも、未来に痛いほど伝わって きて、ありがとうと言うのが精一杯だった。 打ちつける雨の音を聞きながら、並んで歩いていると王が未来の名前を呼んだ。 「ココ、タマニキマス。」 ビルの軒先に入り、王が指さした先に『スパ』の看板があった。 いわゆるスーパー銭湯と呼ばれる施設のようだった。 手慣れた様子で中に入った王は、受付で事情を話してバスタオルを借りて来てくれた。 その後を追うように、受付の女性が入り口まで来て、大変でしたね、と笑顔で言ってくれた時は、また未来は泣きそうになってしまった。 コインランドリーがあると言うので、館内で着用可能なスウェット生地のワンピースを借りて、濡れた服を洗っている間に、大浴場で冷えた体を温めることにした。 絶対にいなくならないで、と強く言う王に、さすがにここまで連れてきてもらって、そんなことは出来ないと、未来は笑った。
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