隣人

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「つき合ってから、(ひろし)さんの気持ちを疑ったことないの。それくらい私のことを大切にしてくれた。でも私は、それに甘えて仕事を優先したり…。」 そう言って黙り込んでしまった未来に、王は独り言のように言った。 「ダケド、アオシマシャチョウノコトデ、ミキサンハ、コワレル。」 真っ直ぐな王の言葉は、未来の心にそのまま刺さった。 「簡単に壊れちゃった。」 滲む涙を見られまいと、未来は膝を抱えて顔を背けた。 小さく震える未来の体に、王は触れずにはいられなくて、そっと伸ばした指先に、じんわりと熱さを感じた。 「そろそろ終わったかな。」 王が隣にいてくれることの安心感は、未来が狼狽えてしまうほどで、いたたまれずに立ち上がろうとしたのだが、足に力が入らずよろめいてしまった。 王は何かを口走り、未来の体を支えようと両手で受け止めてから、驚いて声を上げた。 王の口から咄嗟に発せられたのは、聞きなれない言葉ばかりで、力の入らない体を余所に、なんて言っているんだろうと未来は思った。 「ミキサン、アツイヨ。」 抱き止めた王が、慌てた様子で言った。 「そう?寒くなってきたんだけど。」 未来はボッーとする頭で、不思議に思って言った。 眉間に皺を寄せた王が、未来の額に手を当てた。 「ネツ。ネツ、アル。」 お風呂上がりなのに寒いのも、体に力が入らないのも、熱があるからなんだと謎が解けて、ああと未来は気の抜けた返事をした。 「ミキサン、ビョウイン イコウ。」 心配そうに未来の顔を覗き込む王に、未来は困ったように答えた。 「こんな格好じゃ行けないよ。」 気が付かない時は大丈夫だったのに、熱があると分かった途端に、全てが浮かされるようだ。 そのままでいいと言う王に、どうしても着替えるとごねた未来は、心配そうにしている王を従えて、乾燥機に服を取りに行った。 温もりが残るスカートが、すっかり軽くなってふんわりと揺れるのを、じっと見つめてから更衣室のドアを開けると、水色のマウンテンパーカーを手にした王が待っていた。 当たり前のように未来の肩にパーカーが掛けられて、その懐かしい粉石鹸の匂いに、同じだなと思った。 未来が不意によろめいたりしなければ、触れることはない距離で隣を歩く、王の優しさに切なくなる。 「クツ、マダヌレテル。」 そう言って王は、手提げ袋からスポーツブランドのロゴが書かれたサンダルを取り出すと、足下に並べた。 「どうしたの?これ。」 「トナリノジムデ、カッテキマシタ。コレシカナイ。」 そう言われてみると、ビルの案内にスポーツジムの名前があったのを思い出した。 王は未来と自分の濡れた靴を、サンダルが入っていた手提げ袋に入れている。 「ありがとう。何から何まで、ごめんね。」 王はゆっくりと首を振ると、タクシーを呼んでもらったから、と言った。 「お気をつけて。」 未来達に気付いた受付の女性が、入り口まで見送りに来てくれて、二人でお礼を言って表に出た。
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