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雨は小雨になっていたが、雲は相変わらず低く垂れ込めていて、辺りは薄暗い。
タクシーの運転手は、雨に濡れないようにと入り口ギリギリの所でドアを開けて、待っていてくれた。
近くの大きい病院まで、と王が言って、少しの沈黙の後に運転手の口から出た病院の名前に、未来は聞き覚えがあった。
温かい服が気持ち良くて、いつの間にか微睡んでしまったらしい、タクシーのドアが開く音で目を覚ました。
やっぱり、と小さく声を出した未来に、王は気が付かなかったようだ。
その病院は、一年前に未来が入院した病院だった。
インフォメーションで王が何かしらやり取りをしてくれているのを、未来は座って見ていた。
それからペタペタと同じ音を立てて、ゆっくり歩いて向かった内科で、看護師が持ってきてくれた体温計で熱を測り、問診票を記入して、診察までの間の時間、何気なく携帯を取り出した。
「携帯も壊れちゃったかな。」
湿ったバックの中で冷たくなった携帯は、全く反応しなかった。
それならと仕事で使っている携帯を探したが、見当たらなくて、涼子に押し付けてきたノートパソコンのケースを思い出す。
「会社に電話しなきゃ。」
と言った未来に、王は自分の携帯を差し出した。
未来はごめんね、と遠慮がちに携帯を受け取り、待合室の合間にある中庭に出てから『フォアフロント企画』の番号を慎重に押した。
本当は涼子に直接掛けたかったのだが、あいにく覚えている電話番号は数少ない。
「お電話ありがとうございます。フォアフロント企画です。」
と麻里子が電話に出てくれたことに安心して、中西ですと言うと、麻里子は驚いているようだった。
「麻里子さん、すみません。雨に濡れて携帯が壊れてしまったようで、涼子さんにごめんなさいって、また連絡するって伝えてくれますか?」
「未来さん、大丈夫なの?声が変よ。社長とは連絡取れてる?」
未来は大丈夫とだけ答えてから、涼子の携帯の番号を聞いた。
するとコンコンとガラスを叩く音がして、王が呼ばれていると合図をしている。
電話の向こうで麻里子が何かを言いかけたが、すみませんと謝ってから、一方的に電話を切って中へ戻った。
診察室に入って行く未来の背中を見送ってしばらくすると、携帯が震えているのに気が付いた。
登録のない、その番号の主を睨みつけるように眺めていたが、一向に諦める様子がないので、未来がそうしたように中庭に出てから、通話ボタンを押した。
「ハイ。」
一瞬の間があり、相手が躊躇したのが分かった。
「青島と申しまして、この番号から電話を頂いたと会社から連絡がありまして、失礼ですが中西はおりますか?」
王は電話を切ってしまいたい衝動にかられたが、もしもし?と催促するように言われて、口を開いた。
「アオシマシャチョウ、オウデス。」
思いのほか落ち着いた声で告げると、青島の息を呑むのが聞こえた気がした。
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