15人が本棚に入れています
本棚に追加
消えた彼女
これは大学時代に実際に体験した話なんだけど、当時僕は物凄い美女と付き合っていた。北陸出身だからか、色白ではかなげな美女だった。
キャンパスで偶然見かけた僕は、完全に一目惚れ。お近づきになりたいと、まずは名前を覚えてもらうところから始めて、毎日偶然を装って彼女の前に現れては熱烈にアピールした。
彼女の友人たちにも協力してもらって外堀を固めて、そして見事に成功。僕は彼女と付き合うようになった。
当初は本当に浮かれていたよ。
どこに連れていっても自慢の彼女だった。
付き合ってみると、意外にだらしないところがあった。
待ち合わせは必ず遅れてくる。講義も遅刻の常習犯。
今日は見ないなあと思っていると、寝坊して面倒になったから休んだとか。
そんな生活態度はバイトにも影響して、何度もクビになっていた。
ただ、見た目が良いから、すぐに次が見つかる。
それで彼女自身は困っていなかったんだと思う。だらしない生活を改めることはなかった。
でも僕は彼女を愛していた。
どれだけだらしなくても、その魅力を損なうことはなかった。
むしろ、つかみどころのないところがミステリアスで素敵だと、絶賛さえしていたほどだ。
恋は盲目だって? その通りだね。
これで僕がどれだけ彼女を愛していたか、分かって貰えたよね。
前置きが長くなった。ここから本題だ。
彼女と付き合いだして、2度目の春を迎えた頃だった。
いつも待ち合わせに遅刻する彼女だったので、この頃には外での待ち合わせを諦めて、僕が彼女のマンションに行くようにしていた。
彼女は1LDKの部屋で独り暮らしをしていた。
同棲したいと言ったこともあったが、許してくれなくてね。
なんでも、彼女の母親が予告なく上京してくるとかで、彼女は同棲をしたがらなかったんだ。
それで僕は、数駅離れたアパートで男の友人とシェアして住んでいた。
ある日、映画デートを約束していた僕は、「朝10時に迎えに行く」と、彼女と約束した。
当日になると、彼女の部屋に10時ちょうどにつくよう家を出た。早く行くと、ギリギリまで寝ていたい彼女が怒るんだ。
さすがに10時なら起きているからと、その日は約束した。
彼女の部屋の前につくと、腕時計で時間を確認した。
「よし、10時1分前だ」
――ピンポーン。
チャイムを鳴らしたが、彼女は出てこない。
外で待っていると、部屋の中から強いシャワーの音がすることに気付いた。
――シャーーーー。
「なんで約束の時間にシャワーを浴びているんだよ」
ちょっと腹が立った。
ここに突っ立っていても、ドアが開くことはない。少なくとも、彼女がシャワーを終えるまでは。
そこで僕は、合いカギを取り出し、カギを開けて中に入った。
約束の時間を過ぎて寝ていたら、勝手に入って起こしてくれと合いカギを渡されていたんだ。
――シャーーーー
浴室からは、相変わらずシャワーの音が聴こえてくる。
僕が来ることは分かっているのだからと、声を掛けずにリビングに行って、スマホを見ながら彼女が出てくるのを待った。
やがて、シャワーの音が消えた。
次に体を拭いて、濡れた髪をドライヤーで乾かすだろう。
僕は少しイライラしながら腕時計を見た。
映画の上映時間が迫っている。
寝坊助の彼女に合わせて、出発時間には余裕を持たせているが、こんなにのんびりされては間に合わなくなってしまう。
かといって、シャワー中に早くしろと怒るのは得策ではない。
彼女がへそを曲げてしまえば、デート自体がなくなってしまう。ちょっとわがままだったんだ。そこがまた良かったんだがね。
そういうわけで、ただひたすら我慢して待った。
「さすがに遅いな」
いつまでたっても、ドライヤーの音が聴こえてこない。
単に僕が気づかなかっただけだろうかと思ったが、それにしては浴室から出てこない。
「もしかして、約束を忘れているとか?」
不安になった僕は、思い切って浴室のドアをドンドンとノックした。
「ノル、僕だけど」
ノルというのは、彼女の名前だ。
何度かドアを叩いて声掛けしたが、中は静まり返っている。
もしかして、驚かせてしまったかもしれないと優しく声を掛けた。
「僕だよ。今日は映画を見に行く約束だったよね。迎えに来たよ」
しかし、返事はなかった。
「開けるよ」
心配になった僕は、ゆっくりとドアを開けた。
すると、中には誰もいなかった。
だーれも、いなかったんだ。
「え? ノル?」
怖くなった僕は、こわごわ名前を呼びながら、ユニットバスを確認した。
そこは確かに濡れていた。
ここでノルはシャワーを浴びていたはずなのだ。
それなのに、どこにもいなかった。
不思議だろ。彼女は僕もいた部屋から見事に消えてしまったんだ。
そして、それっきり、彼女の顔を見ることはなかった。
彼女の姿は、大学からも消えてしまった。
まるで神隠しだと思わないか?
たまに今でも彼女が夢に出てくるんだよ。
ミステリアスな笑顔を浮かべてさ。
ほんと、あの日、彼女に身に何が起こったんだろうね。
あれから数年経ったけど、今でも分からなくてモヤモヤするんだ。
最初のコメントを投稿しよう!