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【真相編】
数年前、俺が浪原ノルからストーカー相談を受けたのは、阿曽雄太という大学生経由だった。
俺は探偵で、当時、あまりに本業が暇だったため、悩み事や困り事を募集して回答するホームページをもっていた。
表向きは人助け。真の目的は、相談を探偵ビジネスに繋げることだったんだが、お金を払ってまで乗ってもらうつもりのない冷やかしがほとんどで、依頼にはさっぱりつながらなかった。
「既婚者を好きになった」とか、「職場の後輩に告白しようか悩んでいる。ちなきに年の差20歳」とか、「お金がなくて困っている。貸してくれませんか」とか、そんなものばかりさ。
ちなみに、どんな相談内容でも真面目に答えていたよ。クライアントが見ているかもしれないからね。
それが良かったのか、少しずつ評判になってアクセス数も増えていった。
そんな折、「ルームメイトがストーカーかもしれない」と相談を書き込んだのが、阿曽雄太だった。
金の匂いを嗅ぎ取った俺は、彼を事務所に呼び出し、詳しい事情を聞いた。
その阿曽雄太が紹介したのが、浪原ノルだったというわけだ。
二人の話によると、阿曽雄太のルームメイトである森浦力という男は、浪原ノルを自分の彼女だと思い込んでいて、しつこく絡んでいるという。
浪原ノルは大学生活にも支障をきたし、自宅になんども侵入されていて恐怖を感じているという。
同じ大学ということもあり、なんとか逆上させずに離れたいという相談だった。
俺は独自に浪原ノルを調査し、彼女の話が真実であることを確認した。
あろうことか、奴は勝手に彼女の合いカギまで手に入れて、自由に彼女の部屋への侵入を繰り返していたことも分かった。
俺は、その依頼を有料で請け負った。アフターケア付きの学生割引で。
ストーカーから完全に逃げ切るには、大学を辞めて姿を消すしかない。
しかし、ただ奴の前からいなくなっても、必ず追ってくる。それがストーカーだ。
そこで俺は一計を案じた。
森浦力が戸惑うようにいなくなれば、探さないのではないかと考えたんだ。
そうして作り出したアイデアが「神隠し」であった。
森浦力の前で浪原ノルが姿を消す。
荒唐無稽なアイデアだったが、現実的にあり得なければあり得ないほど、奴は戸惑い、何があったのか想像ができなくなるだろう。もしかして、彼女の存在自体が妄想だったのかも、とでも思わせられたら大成功だ。
そんなに上手くいかないだろって?
付き合ってもいない女の彼氏だと思い込んでいるような人間だぞ。まともな神経だと思うか?
森浦力の話は全てウソ。ただし、ウソの自覚はなくて、本人にとっては真実。思い込みが激しく、自分に都合よく物事を曲解する男。
このように、現実を冷静に見極める力など、一切持たない男なんだよ。
だからこの方法は成功すると信じていた。
奴の行動予定を手に入れるのは簡単だった。
阿曽雄太は、ルームメイト。つまり、森浦力の何から何まで知ることができた。
ストーカーとの同居などよくできたなと思うが、浪原ノル以外に関しては普通の男で、この話も最初は信じられなかったそうだ。
付き合っているという森浦力の説明を、彼は素直に信じていた。
ところが、ひょんなところで浪原ノルと話す機会があった。
そこで驚愕の事実を知らされて、彼女に同情したんだ。
「ルームメイトがストーカーかもしれない」と、俺の掲示板に書き込んだのもこのころだった。
阿曽雄太から朝10時に彼女のマンションへ行く情報を手に入れた俺は 浪原ノル神隠し事件を実行した。
当日、彼女には別の場所に避難してもらい、俺は浴室で待機した。
10時になると、シャワーを出して、ここにいる風を装った。
予想通り、奴は彼女がシャワーを浴びていると信じて入ってきた。
ここにいるのが俺だと知られないよう、シャワーを止めると素早く点検口から脱出。天井裏に潜んだ。
奴は、彼女をしばらく探した後、首を捻りながら部屋を出て行った。
その後、彼女は大学を辞めてマンションを引き払い、故郷を避けてまったく違う県に移住。そこで素敵な出会いがあって、今は幸せな主婦として暮らしている。
俺は、アフターケアで時折森浦力の動向を調べている。
奴はあれからほどなく大学を中退した。
阿曽雄太との同居も解消して、故郷に帰っていった。
先日は怖い話を探している怪談師を装い、「不思議な体験があったら聞かせてください」と、地元の飲み屋で一人飲みしていた森浦力に近づいて話を聞くことに成功した。
奴は、自分が体験した不思議な話として、まさにあの件を話した。
***
これが神隠し事件の真相だ。納得いったかな?
それにしても、彼女が約束を守らないだらしない女と話すのには心底腹が立った。
約束は奴が一方的に決めただけのこと。付き合ってもいないし、来るわけがない。
金輪際近づかないでと伝えようと、一度だけ待ち合わせに彼女が行ってしまったことで、完全に自分のものと思い込んだらしい。
頻繁にバイトを辞めたのは、奴がバイト先まで付きまとったからで、バイト先に迷惑を掛けたくなくて辞めざるを得なかった。
「全部お前のせいだ」
喉元まで出てきたこのセリフを飲み込むのは、本当に大変だったよ。
彼女には、こんなくだらない奴のことは忘れて、幸せになって欲しいもんだね。
終わり
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