大阪夏の陣

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 矢と化した信繁達はまず家康本陣を守る松平忠直部隊とぶつかった。兵力差は実に四倍はあったが、相手にはならなかった。  信繁が十文字槍を振るうたびに、首がひとつふたつと転がる。その豪勇を見た兵達は奮起し、屍の山を築きあげていった。  鬼神の如し──。  信繁を見たものは皆こう叫んだ。  松平軍は恐慌し、散り散りになって逃げている。幸村は一旦、腰を落ち着けた。 「徳川には男がおらんと見えますな」  猿飛佐助はクナイを投げ、背を向けた足軽を一人仕留めた。 「佐助。逃げる者は放っておけ。敵はただ一人」 「家康」 「わかっておるではないか」 「当然。この勢いならば我らの勝ちもありえますな」    信繁は押し黙った。  勝ちなど万に一もあるはずがないのだ。  徳川軍が我らの何倍の兵力を持っているかわからぬはずもない。局地戦で勝つことはできたとして、最後まで勝ちきることは不可能だった。   「佐助。我らは死にものぐるいで戦うのみよ」 「死にものぐるい? 死ぬまででしょう?」  佐助は六文銭を頬につけて、にかっと歯を見せた。忍びのくせにひょうきんな男だ。信繁もつられて笑ってしまう。 「かかか。信繁様の笑顔は格別ですなあ」 「よせ」  信繁はまた口元を引き締めた。  ーー死ぬまでか。さもあらん。  なぜここまで戦うのか。  佐助ならこう言うだろう。「信繁様に惚れたからですわ。どこまでもついていきますぞ」と。他の者に聞いても同じことを言うだろう。皆、真田信繁という男に心酔していた。  では、信繁自身はどうなのか。  ーーわしは。わしは……。 「まあ戦に勝てなくとも、家康に一矢報いたいですなあ」 「ふふ。そうだな。部隊を分け、波状攻撃をしかけるぞ。佐助は俺と来い」  信繁は精鋭五十を選ぶと、遥か先にある金扇の馬印に面を向けた。当然、目では捉えられない。しかし、信繁の脳裡にはありありとその姿が浮かび、家康本陣の位置をはっきりと認識できていた。 「往くぞ」 「は!」
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