大阪夏の陣

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 佐助は先陣をきる信繁の背中を見ていた。  猿のように跳びながら、信繁の駿馬の少し後ろをついていき、信繁が仕損じた兵にとどめを刺していく。阿吽の呼吸で戦っていた。  ーーそれにしても大きな背中じゃな。  佐助は呑気にも戦場に似つかわしくないことを思った。  しかし、事実信繁の背は広かった。  筋肉や骨格の話だけでない。鍛練された肉体から放たれる武技。自分が最も危険な選択をし、後進に道を示す姿勢。逆境にたっても決して折れない心。  魅力を語ればきりはないが、なにより信繁の背中には夢があった。  少数で大軍を打ち破るような予感めいたものが、湯気のように大気を浮遊しながら信繁に纏わりついてみえるのだ。  霊的なものなのか、覇気なのか、あるいは真田の血筋がもたらした何かなのか。わからないが不思議としか言いようのない引力が働いているのだ。  いや、惹き付けられているのは、そんな訳のわからない力ではない。  ただ純粋に、真田信繁という御人が好きなだけなのかもしれない。  ーー信繁様を笑わせたいのお。かかか。 「ドンッ」  佐助の口元が綻ぶと同時に鈍い音が鳴った。と思うと信繁の上半身が横に倒れる。 「信繁様ッ」  佐助は呆然とし、落馬する信繁を見ていただけだった。 「大事ない。兜を弾がかすっただけだ。佐助、馬は大丈夫か」  気が抜けていた。佐助は自分の頬を叩いて喝をいれると、動転する信繁の馬を取り押さえた。  その時、きらりと光るものが見えた。  地に六文銭の前立が転がっている。信繁の兜のものが欠けたのだろう。 「少し脳が揺れたわ。だが、ここで倒れては父上に(わら)われる」  信繁はいつの間にか堂々と立っており、颯爽と馬に跨がった。佐助は覚えずわらいがこみあげた。簡単に死ぬような男ではないのだ。それでこそ信繁様だ。 「わしはまだ往く。佐助。まだやれるか」 「かかか。余力はまだ十分にありますぞ」 「ついてこれるな」 「当然」  佐助はまた信繁の後を追う。こころなしか背が丸まっているような感じがした。
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