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信繁は立ちはだかる部隊を何度も蹴散らし、ようやく家康本陣に着いたときには、家康は既に逃げたあとだった。よほど必死だったのか厭離穢土欣求浄土の旗がいくつも田に捨てられ、泥をかぶっている。
「かかか。我らがそれほど怖いか」
佐助は上機嫌だったが、長時間の戦いに流石に疲れはあるようで、顎から汗が滴っていた。信繁自身も体に五本の刀傷が入っている。傷は浅いが、たまった疲労から目をつむるとそのまま昏睡しそうだった。
「追撃しますか?」
「いや、一度休もう」
信繁は田の畦道に腰をかけた。佐助もそれに習う。
「逃げろ」
信繁はおもむろに独りごちるように言った。
「え?」
佐助は何を言われたのか理解できず、間の抜けたような顔をした。
「お前一人なら逃げられよう」
「え?」
「まさか逃げる力量がないとでも言うか」
「いえ、そうではなく逃げろとおっしゃってるのですか」
「そうだ」
佐助の顔はみるみる赤くなり、怒気を発した。
「冗談もほどほどに」
「冗談ではない」
信繁の双眸は真っ直ぐ佐助を見ている。
「泰平の世のためだ」
「泰平?」
「この戦が終われば泰平の世になる。もうこの世から戦がなくなる。ただし、家康が生きておればの話だがな」
「な、家康を殺すために我らはここまでやってきたのではないですか。なぜですか」
「我が儘さ」
信繁は気力が抜けたように肩を落とした。
「我が儘だ。わしは自分の才覚を天下にみせつけたかった。ただ、その為だけに家康を討とうとしたのだ。そのために皆を巻き添えにした」
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