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三途の川
ごつごつとした感触が痛い。
気が付くと、信繁は砂利の上にいた。
周りを見渡せばここは河原である。が、このような場所は知らない。
自分の他に数人の人がおり、そのほとんどが足軽だったが、百姓や童子、女もいた。
咄嗟に、身構えようと飛び起きる。しかし、槍がない。というか驚いた。疲れが全て抜けおちたような機敏な動きができたのだ。
ーー何がおきた……。
信繁は状況を把握しようとした。
格好はあのときのままである。
赤備えの具足に、撃たれた兜。六文銭の前立が欠けていることも、五本の刀傷があるところも同じだ。
薄暗い。
酉の刻といったところだろうか。寝ていたとすれば一刻あたりなのだろうが、体力の回復が不自然だ。
ふと、太陽がないではないか……、と気付いたとき、
三途の川──。
という言葉が頭をよぎった。
「そうか。死んだか」
不思議と冷静だった。
自分を討ったものの正体が誰かわからぬというのは、武士として恥ずべき思いがしたが、悔いはなかった。
眼下には黒く沈んだ河が流れていた。
遠く対岸に松明の火明かりが、なぜか懐かしいような色をして揺らめいている。
あそこが彼岸なのだろう。数艘の舟が対岸を目指して動いている。信繁も無性に河を渡りたくなった。
ーー馬鹿が。
信繁は自分を戒めた。
「わしには、地獄こそが相応しかろう」
決意を固めるように言うと、女を探した。
奪衣婆と呼ばれる、いわゆる三途の川の番人だ。
「ぎゃあああ」
叫び声が聞こえた方を向くと、探す間もなくその女がいた。いや、わからぬがそうとしか思えない。
目立つ。
十尺はあろうかという巨体にみすぼらしい衣を羽織っている。足軽の衣服を豪快に引きちぎっており、見るなという方が無理である。
伝承によれば、三途の川の渡り賃、すなわち六文を持っていなければ、奪衣婆に衣服を剥ぎ取られ河に投げ込まれるという。
その通りに、木の棒を捨てるかのように軽々と足軽は投げ捨てられた。
どの軍の兵かはわからぬが、あやつも巻き込まれただけの人間かもしれない。信繁は手を合わせ、しばらく黙祷した。
「止めろ! 離せ!」
目を瞑っている間に次の叫びが聞こえた。
これが戦の結果だ。何もできぬし、詫びるしかない。どうか自分に付き従ってくれたものだけでも渡ってくれ、と願った。
信繁は奪衣婆をきっと見つめ、まっすぐ歩いていった。
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