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大阪夏の陣
大阪を人馬が埋めている。
およそ二十万。
そのほとんどが豊臣家を亡ぼさんとする徳川の軍勢だった。
戦国の世が終わるという予感が大阪を支配していることもあるのだろう、誰もが強張った顔をし、気力の抜けた人形のようになっていた。古今未曾有の大決戦だというのに、勝敗は戦の前から決していたのだ。
が、その中でも異彩を放つ場所もあった。
茶臼山である。
陣をはる兵の面構えは精気に満ちており、全身赤の具足で揃えた赤備えの部隊が華やかで、場にそぐわないのもある。
しかし、なにより異質なのは音だった。
そこかしこで聞こえるじゃらじゃらとした音は銭の音である。兵達は、穴銭に紐を通し六束にまとめたものを、腰に着けたり懐に入れたりしていた。
この銭が、茶臼山の兵を死兵たらしめていた。
「みな、六文銭は持っておるな」
大将のよくとおる声が響きわたる。これが出陣の合図だということは誰もが知っていた。
具足がどう、火縄銃がどう、槍が馬がどうと武具の話をせずに、あえて銭のことを聞いたのは、ようは「死ぬ準備はできたか」と言ったのである。
三途の川の渡り賃──。
それが六文だ。
誰も返事はしなかった。
怖いわけではない。いまさら何を言うかと思っていたのだろう。皆がぎらついた目を、声の主に向けていた。
声の主は満足そうに頷く。
とはいえ、この男は六文どころかびた一文身に付けていない。しかし、真紅の兜に飾られた六文銭を型どった前立、林立する旗に描かれた六文銭の家紋、その全てがこの男、つまり真田信繁のものなのだ。死地に向かう覚悟はとうの昔からできている。
「信繁様。ご命令を」
隣にいる猿飛佐助がおおげさに頭を垂れた。
信繁は無言のまま空を仰いだ。
ーー父上……。見ておられますか。
信繁の心の声が聞こえたのか、風が強くなりはじめた。
瞬間、突風が吹いた。六文銭の旗が風を掴むかのように翻る。ばさばさと音を立てて、空へ昇ろうとしていた。
追い風である。信繁の背中が強く押されていた。
「狙うは家康の首ただ一つ。来い!」
信繁が吼えた。と同時に白河原毛の馬を駆らせていた。
「応」と閧の声が反ってきたのは一瞬で、集団は地鳴りのような雄叫びをあげながら信繁のあとを追う。信繁を切っ先にして、風を裂くように駆ける光景は、まさに巨大な矢だった。
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