献身のジム

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 *** 「……ごめん」  入院して早々、春来が最初に言ってきたのはそれだった。 「やっと内定くれた会社だし、入ったら三年はきっちり務めないと立派な社会人になれないかなって思ったら、やめられなくてさ。そりゃ、俺だってなんかおかしいとは思ってたけど」 「こんの馬鹿」  ベッドに横たわる彼の額に、思い切りデコピンをかましてやる。完全に、過労とストレス。ついでに脱水症状も起こしかけていたのだから馬鹿だとしか言いようがない。何故こんな状態になるまで気づかないのだろう――自分の体がヤバイことも、勤め先がとんだブラック企業であるということも。  彼の机の周りには、毛布も枕もカップ麺も完備されていた。ここ一ヶ月ばかりはほぼほぼ会社に泊まり込みで、外に出るのは近所の銭湯に行くときくらいだったというのだから笑えもしない。 「タイムカードを必ず定時で打刻しろ、有休は一切申請を通さない、新入社員にでたらめな量の仕事を投げて上司はさっさと帰る、仕事がどれだけ残っていても上司が言ったら飲み会に参加して絶対にビールを飲まないといけない……。……役満がすぎるでしょ。しかも酔っ払った上司にお尻触られるとか」  本当に呆れるしかない。ミスをすると恫喝され、酷いと殴られることまであったという。もう会社をやめるやめない以前に警察に駆け込むべき案件ではないか。自分が殴り込みに行かなければどうなっていたか。 「被害届出すからね。もうそのレベルだから。自覚しなよ!」 「でも高島課長こそ、紗友美のこと訴えるって……」 「上等だわ、んならこっちも裁判で戦ってやるっての!あんなクズ男、一発拳骨食らった程度で済んでラッキーと思えっつーの!」  私がぷりぷり怒って言うと、まだ青い顔の春来はふふっと笑みを浮かべた。何がおかしいのか。憮然とする私に、彼は言う。 「俺のために怒ってくれてありがと。それからごめん。……やっぱり俺、紗友美が好き。別れたくないんだけど……いい?」  こいつも一発殴っていいだろうか。私はやや呆れて――もう一発、その額にデコピンをかますことで妥協したのだった。 「当たり前でしょうが、この馬鹿。ばーかっ!」
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