第7章

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第7章

 作業場を出て、春国は一旦住居の方へと向かった。そこで有雪に貰った花で作った栞を手に取り、袖に入れる。これだけはどうしても手放せそうにない。  もうここを出て行こうと思った。これ以上、有雪の側にいると、もっと有雪のことが好きになり、甘えてしまい、迷惑がかかる。それに来客者に春国のことがバレてしまった。  フラフラと裏口から出て行き、大通りへ向かった。  民家の前では雪かきをする人がいて、商店は開店準備をしている。目に入った米問屋の中をチラリと覗くと、店の主人らしき人が神棚に飾ってある狐の白く、小さな像に手を合わせていた。  ぼうっと歩きながらも、注意深く人々を見ていると、信仰は生活の中に息付いていることがわかった。  魔除けなのか子供の服には狐の刺繍がしてあったり、藤白神社のお守りを首から下げている子供もいる。  商店には藤白神社のお札が貼ってあったり、神棚には狐の像が飾られ、油揚げなどが供えられていた。  街角の稲荷神社も良く手入れされて、お参りしている人も見受けられた。 「あ、狐獣人だ」 「この辺りに住んでいるという話は聞いたことがないけれど、どこから来たのだろう」 「何て美しい、神子さまもあんな風に気高い雰囲気なのだろうか」 「ありがたい、人里に降りてきてくださったのだ」  フラフラと歩く春国をみんな遠巻きに見つめながら口々に褒めそやす。この辺りに狐獣人は住んでいない、と有雪は言っていた。だから珍しいのだろう。  人々は春国を見て、『神子さま』と言って手を合わせる者までいる。それだけ神話はみんなに信仰され、狐獣人というだけで大切にされている。  だが神子はいないのだ。神子候補である春国が逃げ出したから。  春国は何もかもが嫌になったような気分だった。神様を信じきれず逃げ出し、神子としての役割を放棄し、有雪に対して邪な欲を抱き、身体の欲に流されそうになった。そんな自分に対して嫌悪感が湧く。  だが有雪は春国の発情にそこまで左右されない、とも言っていた。その事実も何だか惨めだった。相反する感情が渦巻き、頭痛を訴えかける。  しかし尊種である以上、奉種の発情にはある程度は影響を受ける。だがそれだけのことだ。小さく、本能に訴えかけられるような、そんな僅かな情を元に、戯れに口付けただけだ。尊種にはそういうところがあると、神官の一人が言っていた。行為ができるならば誰でも抱ける、と。  春国が欲しいのは尊種の男ではない、有雪だけだ。  矛盾している。何もかも、やっていること、考えていること、全てが中途半端で嫌になる。  ならせめて、最初から与えられた仕事くらいはこなそう。  春国は山へ向かって歩き出した。
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