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「さっきはありがとう、吉池さん」
二人でとぼとぼと力なく歩く帰り道。
なんとかそう声を出すことができた私に、吉池さんは黙って首を横に振った。
そして再びお互い無言で歩き出す。
とてもショックだった。
高岡さんの話が本当かはわからない。
だけど嫌な予感がしてならなかった。
二人の両親も、自ら命を絶っていたなんて。
通学路の途中にある、ここら辺では割と有名な大きな川と、そこに架けられた橋の真ん中で、彼女はふと足を止めた。
私も吉池さんと共に立ち止まって、二人並んで橋の上から、ゆるやかに流れる川を見下ろした。
頭痛と吐き気が込み上げる中、それでも眺めることをやめなかった。
受け入れなければいけないと、心の中の神様が言っている気がする。
「わ……たし……」
ゆっくりと、ゆっくりと、吉池さんは震えた声で話し始めた。
私はすがるようにして耳を傾ける。
「声が……出なく、なったの……この川の、せいなの」
「川のせい?」
自分の声も震えていることに気づいた。
ばくばくと激しく動く鼓動に耐えながら、まるで懺悔のように目を伏せている彼女の言葉を待った。
「小さい頃……朝、犬の散歩をしていて……ここからふっと川を見下ろしたら……人が……人が浮いてた。わたし……怖くなって……誰にも、言えなくて。……逃げてしまったの」
「吉池さん……」
震える手で、同じく震えている彼女の手を握った。
彼女の為ではなかった。自分が怖かったからだ。
一人じゃ立っていられないほど、恐怖にうち震えていた。
「男の人と……女の人が抱き合うように浮かんでた。もしかしたら……森野くんの……まだ生きてたかもしれないのに。……私が逃げなければ、生きていたかもしれない」
ああ、やっぱりそうか、と、気が抜けたように納得してしまった。
最早恐怖を越えて、悲しみに変わっていた。
自分ではどうすることもできない、終わりなくどこまでも落ちていくような悲しみだった。
「……大丈夫だよ」
私は今にも泣き出してしまいそうな吉池さんを力強く抱き締めた。
「大丈夫。吉池さんのせいじゃないし、きっと……森野くんの“ご両親”じゃないから」
そう言うと、ついにせきをきったように彼女の嗚咽が聞こえ始めた。
私はもっと腕の力を強める。
そうしなければ自分も立っていられなかった。
彼女につられて、わたしの頬にも一筋の涙がつたった。
「ねえ……その女の人、白いワンピースを着ていた?」
吉池さんはゆっくりと頷くのだった。
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