【瞭】

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「紗良、初日の学校はどうだった?」  その日の夕食時。慧さんは微笑みながら言った。  なんとなく気まずくて、私も微笑み返しながら「楽しかったです」とだけ返事をする。  だけど慧さんにはお見通しのようで、すぐに彼は眉をひそめるのだった。 「何か嫌なことあった?」 「いえ、そんなことは……」  取り繕って笑いながらコンソメスープに口をつけた。  やっぱりほっとする味。 「信さん、今日は可愛いお弁当ありがとうございました」 「とんでもない!また明日も張り切って作るから、楽しみにしててね!」  屈託ない信さんの笑顔に癒される。 「俺の弁当は残り物のくせに?」  瞭は眉間に皺を寄せながらスパゲッティを勢いよくすすった。 「嫌なら作らないけど」  信さんの返しにますます皺が増えていく。 「瞭。お前、ちゃんと紗良のこと守ってるんだろうな」 「……………………」 「瞭!」  慧さんがまるで母親のように声を張り上げると、瞭は「ちゃんとやってるよ」と心底嫌そうにして呟いた。 「大丈夫ですよ!友達もできましたし!一人でやっていけるんで!瞭にはもう迷惑かけないように……」 「“瞭”?」  その時、慧さんが恐ろしい顔をして固まった。 「慧さん……?」 「瞭、お前学校が一緒だからって抜け駆けしてるんじゃないだろうな」  すごい剣幕の慧さんに、瞭は狼狽える。 「な、なんだよ!抜け駆けって!」 「まあ、とりあえず食べましょう!?冷めちゃいますから!」  必死になって信さんが宥めるも、兄弟喧嘩はしばらく終わらなかった。 「俺は慧みたいに女たらしじゃねーから!」 「モテるって言ってくんないかなあ。お前も少し女性の扱いに慣れないと相手にされなくなるぞ」 「うるせーよ!」  二人の兄弟喧嘩を見るのは好きだ。  喧嘩の内容が、失礼だけどいつもしょうもないものだし、仲の良さが伝わってくる。  永遠に、見ていられる気がする。 『さとしのバーカ!』 『りょうはまぬけー!』 ____『いいなぁ。お兄ちゃん達は』  森の中の館。そこでいつも開かれていたお茶会。  微かに感じるミントの匂い。  私の横には、誰が 「どうしたの?紗良」  慧さんの声にびくりと身体を弾ませて我に返った。  今のはなんだったのだろう。  フラッシュバックのように甦った光景。  その森は、まるで……  ズキンと脈打つように頭痛がしてきた。  こめかみに指を当てた瞬間、三人が心配そうな顔でこちらを見てくれたのでびっくりする。 「大丈夫!?紗良」 「頭痛?薬持ってくるよ」 「勉強疲れじゃねーの?」  三人が同時に話すので、私は思わず噴き出してしまった。  やっぱりどうしたって、ここが居心地良い場所になってしまっている。  そのことが申し訳なくて、 だけどこの上ない奇跡のようで。  三人のあたたかさに包まれて、守られているような幸福に浸った。
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