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その日は誰からも昼食に誘われることはなかった。
それどころか、目があった時に微笑みかけても、誰一人として笑い返してくれない。
もちろん、隣の吉池さんも。
足元に転がってきた真っ白な消しゴムを拾い彼女の机にそっと置いても、吉池さんの口角は一ミリも上がらなかった。
それでも、唇は何か言いたげに少しだけ開いたので、私の心に一筋の光が射す。
「ありがとう」と言おうとしてくれた気がして。
「……ねえ!それ、“王様シリーズ”?」
彼女が手にしていた本が目に入った。
海外のファンタジー小説で、私も好きでよく読んでいた本だ。
「王様と魔法の鍵、私も大好き!」
嬉しくなってつい声を上げてしまう私を、吉池さんは困惑した表情になりつつ見上げてくれている。
もしかしたら、仲良くなれるかもしれない。
そう思ってもう一度話しかけようとした時、高岡さん達のグループがこちらに近づいた。
「吉池さん、トイレ行こうよ」
「宮沢さんとは関わらない方がいいって」
昨日の態度とは180度一変している彼女達に、唖然とするしかなかった。
「宮沢さん、最初から森野くんのこと独り占めするつもりだったんでしょ」
「優越感に浸っちゃって、やな女」
「腹黒いよね」
私は高校生活というものをあまりにも甘くみていたのかもしれない。
アンナ園という小さな世界しか知らなかったけれど、一歩外に出ればそこには本当にいろんな人がいて、考え方もそれぞれで。
その中で、平然と、表向きは涼しい顔をしながら上手く立ち回らなければいけないのだということを、この時初めて学んだのだった。
まるで、外の世界の洗礼を受けたみたいに。
「ねえ、吉池さんもそう思うよね?」
吉池さんは高岡さんの言葉に返事はせずに、勢いよく立ち上がると教室を飛び出してしまった。
「吉池さん!?」
入れ替わりで瞭が教室に戻ったので、高岡さん達は何食わぬ顔で私から離れる。
「……どうした?」
よっぽど酷い顔をしていたんだろうか、瞭は私を見て目を丸くさせていた。
「なんでもない」と言って、彼から目をそらし自分の席に座る。
さっきの吉池さんの苦しそうな瞳が目に焼き付いて離れないでいた。
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