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「……迎えにきたよ、紗良」
低く穏やかな声。逆に恐怖を感じてしまうくらいに、優しい声だ。
驚いて見上げる私をふんわりと抱き上げたのは、木の匂いがほんのり薫る人だった。
「慧さん……?」
耳がちぎれるほどの甲高い悲鳴が響く。
高岡さんらが慧さんに夢中になっているうちに、先輩達はチッと舌打ちしながらそそくさと去っていってしまった。
「……何やってたの?」
至近距離で慧さんの優しくも凄みのある声が鼓膜に直撃し、ぶるっと身震いする。
高岡さん達も顔面蒼白しながら黙っているのみだった。
そんな彼女達に構わずに、慧さんは言った。
「ねえ、お願いだから二度とこんな真似しないで。紗良は、俺の大切な家族なんだ」
「慧さん……」
哀願のような彼の声に胸が締めつけられる。
“家族”。それは言霊のように私の心を力強く抱き締めた。
込み上げる気持ちに喉が鳴って、うまく声が出せない。
「もしも約束してくれないなら」
しかし次の瞬間、背筋が凍るようなオーラを醸し出すのだった。
「俺、なにするかわからないよ?」
その迫力に、高岡さん達も狼狽えているのがわかった。
そしてもう一人、私の目に映った人は。
「瞭……」
高岡さん達の後ろで、瞭が脱け殻のように立ち尽くしている。
その顔は悲壮感に満ち、傷ついているようにも見えた。
「帰ろう、紗良」
それなのに慧さんは、実の弟である彼のことを気にも留めずに、私を抱えたまま歩き出してしまう。
「あの!慧さんっ……瞭は」
「大丈夫だよ。あいつは一人で帰れるでしょ」
「でも……」
ちらりと見上げた慧さんは真顔で、どこか怒っているようにも見え、私はそれ以上何も言うことができなかった。
結局、慧さんに抱っこされているという非常事態に気づいたのは、彼の車に乗ってからだ。
「すみませんでした!こんなこと!」
身体中が沸騰しそうになりながら何度も頭を下げると、慧さんはほっとしたように微笑んだ。
「紗良、……無事で良かった」
泣いてしまうのではないかと思った。
それくらい、慧さんは心底安堵しているように見え、そんなふうに大切にしてもらうことへの喜びと罪悪感を覚える。
いつだって私のことを助けてくれて、守ってくれる慧さん。
憎んでいるはずなのに。苦しんでいるはずなのに。
____神様、これは罪ですか?それとも。
車に揺られながら、心の中の神様に問いかける。
何故か思い浮かぶのは、瞭の悲しげな瞳だった。
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