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『お前と、お前の母親の罰だ』
その言葉が壊れたおもちゃのように頭の中で響き続け、一睡もできなかった。
まだ外は暗く、ひっそりとして鳥すらも鳴いていない。
まるで夜が、朝を受け入れられないみたいに。
『受け入れろ、紗良』
頭痛に耐えながら制服に着替えて一階に降りる。既にキッチンには電気がついていた。
「信さん!?」
こんな早朝からキッチンに立っているなんて。
信さんは、朝の気だるさやまどろんだ様子など一切見せずに、溌剌と笑っている。
「紗良ちゃん、早いね」
「信さんこそ」
キッチンに近づくと、手際よく海老の殻を剥いているのが見えた。
「肌寒くなってきたから、ビスクスープ作ろうと思って。あの兄弟、揃って海老好きだからさ。紗良ちゃんも好きでしょ?」
楽しそうに仕込みをしている信さんにつられて、頷きながら微笑む。
まだ暗いうちからこんなに手間のかかる作業をしているなんて、尊敬してしまう。
きっと個展の準備で、夜遅くまで起きていたはずなのに。
もしかして今まで気づかなかっただけで、毎日こうやって朝早くから料理をしてくれていたんだろうか。
「こんな朝早くから、すごいです……」
気づくと漏れていた心の声に、信さんは笑った。
「好きでやってるからね」
熱心に、今度は海老の背わたを取っている信さん。
彼の言う好きは、料理のことを指しているわけではないような気がした。
「二人のことが好きだからですか?」
彼はきょとんと私を見た。そして次には、どこか寂しそうに目を伏せる。
「まあ、好きは好きだけど。……しいて言うなら、償いの為かな」
「償い?」
『罰だ』という瞭の声が聞こえた気がした。
さっきから、見たもの聞いたものを全て、瞭の言葉に結びつけてしまう。
「昨日……瞭と何かあった?」
「いえ!何も!」
途端に瞭の唇の感触がよみがえり、慌ててそれを脳内からかき消した。
「わ、私今日は用があるので、もう学校行きますね」
「そうなの?待ってて、今お弁当……」
「今日は大丈夫です!すみません!」
「大丈夫。もうほとんど昨日のうちから仕込んであるから、あと詰めるだけ」
得意気に微笑む信さんに癒されて、その優しさに甘えてしまう。
「ついでに昨日焼いたくるみのパンも入れとくね。歩きながら食べなよ」
お母さんが生きていたら、こんな感じだったのかなって。
「ありがとうございます……」
……お母さん、一体彼らに何をしたの?
私の罪ってなんなの?
どうして、死んでしまったの。
「スープは帰ってきてから飲んでね。美味しいの作って待ってるから」
信さんの、全てを包み込むような微笑みに、涙が出そうになるのを堪えた。
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