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「紗良さん、今月も来てますよ」
シスター透子が少しだけからかいの混じった笑みを浮かべ、封筒を差し出した。
「ありがとうございます、シスター」
宛名のない、真っ白な封筒。
私はそれを至極丁寧に受けとると、両手で胸に抱き自室へ急いだ。
「こら、廊下を走らない」
もうすぐ16にもなるのに、そうシスターを叱らせてしまうなんて。少し申し訳なくなりながら舌を出して会釈すると、ゆっくり歩き出す。
八ヶ岳の麓、長野県の蓼科にある小さな児童養護施設、聖アンナこども園。
ここでお世話になってもう10年近くになる。
幼い頃に、たった一人の肉親である母を亡くしてから、それでもこの場所で朗らかに過ごすことができたのは、他でもなく園長のシスター透子と、一緒に暮らす仲間達、そして、『森野さん』の存在のおかげだった。
部屋に戻って、ドキドキと胸を躍らせながらペーパーナイフで封を開ける。
そこには封筒と同様の真っ白な便箋が一枚、無機質なゴシック体の文字で綴られている。
『親愛なる紗良
初夏の清々しい風が柔らかく身を包む季節となりましたが、いかがお過ごしですか。
我が家の庭の木々も日毎鮮やかに深みを増し、その美しさを紗良にも見せてあげたいです。
来月の誕生日、愛らしい貴方のお姿を拝見できることを、心から楽しみにしています。』
読み終えると目を閉じて、うっとりとため息をついた。
ついに来月の7月21日は、私の16歳の誕生日。待ちに待った森野さんに会える日だ。
この孤児院に来てからすぐに、毎月私宛に届くようになった手紙と、孤児院への金銭的な援助。
全ては森野さんによるものだが、その理由も正体も、シスターは教えてくれなかった。
ただひとつわかっていることは、男性だということだけ。
そしていつも、手紙の締めくくりに『16歳の誕生日に、会いに行きます』と記されているのだった。
幼い頃は、何のことかピンとこなくて、森野さんのことを気にも留めてはいなかった。
しかし成長すると共にだんだんと、彼のことを初めて意識する異性として捉えるようになっていた。
……どんな人かもわからないのに。
だけどきっと、素敵な人のはず。
そうでなかったらこんなに長い間、無償で援助なんてしてくれないし、手紙の文面からは清らかで優しい人柄が滲みでている気がする。
そして
『親愛なる紗良』『愛らしい貴方』
私のことを大切に想ってくれていることがひしひしと伝わってくるのだ。
それが何故なのかを、やっと彼に尋ねることができる。
まだ見ぬ森野さんの姿に思いを馳せながら、もう一度手紙をぎゅっと抱き締めた。
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