【信】

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 鍵つきの日記が開いてしまったかのように、蓋をしていた記憶が蘇った。  思い出したくなかった、受け入れられなかった記憶だ。  母は愛する人と結ばれないことを嘆いて、一人で命を絶ったのだと思っていた。  でもそれは、私の思い違いだったらしい。  幼い頃、母に連れられてきた森の中の館。  庭で開かれていたお茶会。  ミントティーを飲む母。  その横には、美しく慈悲深い顔で笑う、若い夫婦の姿があった。  私の側には、いつも喧嘩をしている男の子が二人。  その中で私は、いつも孤独を感じていた。  まるで私だけ仲間外れにされているような気分だった。  皆、お母さんを私から奪う悪者のように見えて、本当はこの場所が大嫌いだったんだ。 「おかえり、紗良ちゃん」  リビングは静かで、今朝と同じように信さんが一人キッチンに立っているだけだった。  変わらない笑顔に、今にも泣きわめいてしまいたいような衝動にかられる。 「……慧さんと、瞭さんは」 「二人はまだ帰ってないよ。なんか大事な用があるとかで」 「そうですか……」  力なく視線を落とした。  さっき決意した覚悟が薄まってしまうのが怖い。  この家の中に漂う優しい空気に溺れて、思考を停止してしまいそうになる。 「紗良ちゃん、ちょっと時間ある?よかったら夕飯の支度手伝ってくれない?」  何も知らないで笑う信さんに、私は頷いた。  こうして彼と穏やかな時間を過ごせるのも、あと僅かしかないと思ったから。  噛み締めるようにして、信さんの微笑みを見つめる。  理由はわからないけど、彼は贖罪の為にここにいる。  だったら私も、ここにいるべきなんだろうか?  それはあまりにも、彼らにとって惨いことなのではないか。    
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