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「紗良ちゃん、瞭。本当に申し訳ない。助けてくれた二人のこと、ずっと気になって調べ続けてたんだ。森野さんのことを知った時はショックで。ご家族にきちんと謝らなければいけないと思った。だからここへ来たんだ。でも……言い出せなくて。二人があんまりにも、僕のことを家族のように大切にしてくれたから」
信さんの気持ちが痛いほどよくわかった。
あの館は、慧さんと瞭の周りには、何もかもを忘れてしまうほど心地よい空気が流れていて。
まるで何か魔力のようなものにとり憑かれているように、ずっとその空間に彷徨い続けてしまいそうになる。
「紗良ちゃんのお母さんのことは、いくら調べても出てこなかったんだ。だからまさか、亡くなっていたなんて。……本当に、ごめん」
跪いて頭を下げる信さんの背後から、もう一人人影がゆらりと現れ、思わず息を飲んだ。
「それはきっと、意図的に隠されたんだと思うよ。……母が狂ってしまわないように」
「慧さん……」
信さんの後ろで、悲しげに佇む慧さん。
吹き荒ぶ風がゾクリと身体を冷やした。
瞭は守ってくれるように、私の震える肩をそっと抱いた。
「まあ、無駄だったけどね。……母は案の定病んでしまい、二人の後を追った」
信さんは、今度は慧さんに向かって泣きながら何度も頭を下げる。
そんな彼を静かに見下ろすと、慧さんは力が抜けたように笑った。
「……何してるの、信。早く立って、二人を助けるの手伝って」
慧さんからは、一切怒りのような禍々しい感情は滲んでいなかった。
その代わり、どこまでも慈しみに溢れた、でも少しだけ切ないような笑みを浮かべながら、私達にロープを垂らした。
「瞭、紗良を背負えるか?」
「……ああ」
まだ頭の整理がつかず、震えも止まらないでいる私を、瞭は自身の背中に促した。
「でも……」
「いいから早くしろ!腹減ってんだよ!早く家帰るぞ!」
「家……」
胸が詰まりそうになりながら、瞭の背中に被さり身を預けた。
「手、放すからちゃんと掴まってろよ」
慧さんと信さんが上からロープを引き上げてくれて、瞭は私を背負いながらも軽々と斜面を登った。
彼の温かい背中に、確かに幸せを感じている自分に気がつき、思わず腕の力を強めた。
「このバカどもめ」
瞭が私をおろした瞬間、慧さんは勢いよく彼らの脳天に拳を落とした。
それは何だか父親のようで、痛みに耐えながら頭を押さえる瞭と信さんがとても幼く見える。
「俺を悪者にするなよ!」
そう少しおどけたように怒鳴る慧さんに、瞭は笑って「ごめん」と謝る。
どういうことかまだ理解できずにいる私を、慧さんはふんわりと包みこむように抱き締めた。
「バカだなぁ。こんな可愛い子、傷つけるわけないだろ?」
それは穏やかだけど、泣きそうな声だった。
「じゃあとにかく帰るぞ。信、今日の夕飯はピザのデリバリーでいいよな?」
信さんは心底驚いている顔で、目を見開いている。
「でも……僕は」
「ピザと海老のスープでちょうどいいだろ?ほら早く、帰ろう」
呆然と立ち尽くす信さんの目から、涙が滲んでいくのがわかった。
「食後は、夜のお茶会だ。種明かしの続きをしよう」
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