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「じゃあ、次は信の番だね。でもさっきほとんど吐いたか」
おどける慧さんに、信さんは勢いよく立ち上がると、深々と頭を下げた。
「……本当に申し訳ありません。一生かけて償うつもりです。だけど僕はここを出て行きます。きっともう顔も見たくないでしょうから」
「何言ってるの?」
あっけらかんとした慧さんの声に驚く。それは信さんも同じだったようで、勢いよく顔を上げた。
「信は家族でしょ?居てくれなきゃ困るよ。絵の才能もあるんだから、一緒に仕事したい」
「そんな……」
「お前が居なきゃ誰が飯作るんだよ。俺はごめんだぞ」
二人の言葉に、信さんはもう一度泣き崩れた。
許されたんだ。そんなふうに思って、私の心も霧が晴れたように軽くなる。
「信のこと、恨んでないよ。一番恨んでた相手は、俺達を置いていった両親だ。……でも、やっと許せる気がする。心の中の神様が、そう言ってる気がするんだ」
慧さんは、私に向かって今までで一番嬉しそうに微笑んだ。
「俺達の家族が救った人間なんだから、それはもう家族と同じだよ。……紗良もそう思わない?」
慧さんの言葉に泣きながら頷いて、必死になって声を振り絞る。
「……信さんが生きていてくれて、良かった」
母のことを、母の生き様を、命を持って肯定してくれてありがとう。
心から微笑むと、信さんはやっと苦しみから解放されたように目を閉じた。
「紗良、おかわりは我が家自慢のハーブティーでもどうかな?」
慧さんが透明なカップに注いだ鮮やかなグリーン色の液体。
爽やかな香りは泣きすぎて疼いていた頭痛を和らげ、心を解してくれる。
「早く魔女狩りしないと、枯れちまうな」
「そうだね」
森野兄弟の何気ない会話に固まる。
「魔女狩りって」
二人は屈託なく笑った。
「俺達、ガキの頃からミントのこと魔女って呼んで遊んでたんだ」
「強烈な匂いだから、魔女の薬草だって慧が言って」
私と信さんは、唖然として顔を見合わせた。
「じゃあ、魔女のお茶で乾杯しよう」
私達はそれぞれカップを持ち上げると、静かにミントティーを口に含んだ。
ずっと知りたかった未知の味は、拍子抜けするほど刺激がなく、うっすらとミントの香りが鼻に抜けるだけのお湯だった。
「美味しい……」
私は我慢できなくて、脱力したようにふっと笑った。
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