ミントティーの館

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「瞭!食べたら皿を片付けるくらいしろよ!」  朝から慧さんの怒号が響くリビング。  瞭は心底めんどくさそうにして、しぶしぶ食器をキッチンに運んだ。  苦笑しながらそれらを洗い始める信さん。  一連の流れが毎朝の恒例行事のようで、内心笑いを堪えながらスープを飲み干した。 「信さん、ビスクスープ絶品でした!」 「ありがとう。口に合って良かった」  今日も心が洗われるような笑顔の彼に、全身が癒されていく。 「紗良、また口の周りについてるよ」  向かい側の慧さんの長い腕が伸びて、その美しい指が間髪いれずに私の口元を拭った。  キッチンから、ガシャンと食器の割れる音がする。 「大丈夫か!?瞭!」  信さんは慌ててホウキと塵取りを手に取った。 「……やっぱり妹じゃなかったのは残念だなぁ」  慧さんは、途端に兄の顔になって私をじっと見つめた。それは少しこそばゆいけれど、この上ない幸せのようにも感じる。 「ああ、でも、紗良の兄になれるチャンスは残ってるね」 「それってなんですか?」  きょとんと目を丸くさせる私に、彼は満面の笑みで言った。 「瞭と結婚したら、紗良は正真正銘、俺の妹だ」  ガシャンと再び音がする。 「瞭!!」  今回ばかりは私の手からもカップがすり抜けて、ゴトンとテーブルに転がった。 「あー!ごめんなさい!」 「何やってんの二人とも」  慧さんはお腹を抱えて笑った。 「もう後はやっておくから。二人とも学校遅れるよ!」  信さんに頭を下げて、瞭と玄関に向かう。  ドアを開けると、冬の冷たい空気が瞬く間に館に入り込んだ。 「寒っ」  隣でそうぼやく瞭の綺麗な横顔を見上げながら、とくんと胸を高鳴らす。 「ねえ、瞭。クリスマスイブって予定ある?」 「は!?ないけど!?暇だけど!?なんで!?」  突然声を荒らげる瞭に驚きながら、それでも勇気を振り絞った。 「あ、あの、その日美羽ちゃんと高岡さん達とクリスマスパーティーしようって言ってるんだけど、瞭も来ない?」  クラスメイト達とクリスマスを過ごすなんて生まれて初めての経験だ。  瞭もその場に居てくれたら、どんなに楽しいだろうと胸を弾ませる。 「………………」 「……瞭?」  瞭は眉間に皺を寄せながら、何も言わず歩きだしてしまった。 「瞭!?待って!返事は?」 「いかねー!」 「なんで!?」  慌てて瞭を追いかける。すると地面の霜に滑って、思いきり彼の背中に突っ伏した。 「……ごめん」  あの日触れた瞭の背中の体温が蘇り、冬なのにみるみる体温が上昇していく。 「俺、今日早く行きたいから」  素っ気ない瞭に胸をチクリと痛めながらも笑って手を振ると、突然瞭は私を抱え上げた。 「瞭!?なんで!?」 「うるさい!ちんたら歩くの待ってらんねえ」 「でも……」  見上げた瞭の耳が、真っ赤になっていることに気づいた。 「……靴が、濡れるから」  驚くほど紳士的な理由と行動に、私は言葉を失って彼に見惚れるしかなかった。  あの、気高く知性に溢れた森野さんの手紙を思い出しながら。 「……イブの日、夜は?」 「慧さんと信さんが、鍋パーティーするって言ってたよ!」 「……クソ」  本当に魔女が現れてしまいそうな、神秘的で、美しい森の中の館。  私はもうしばらく、このミントティーの館から抜け出せそうにない。             【おしまい】  
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