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背後にいるまさくんに向けぼくは声を張り上げる。聞いてはいけない場面だ。逃げ道はなく、まさくんの背後の窓は完全に閉まっている。
「耳を塞げ!!」
まさくんと話している時、毎回出てきた大人が熊井だった。彼は照れ隠しをするようにワックスで固めた髪を掻きながら目を細めていた。
『総スカンなのに、熊井だけが話聞いてくれるんだぜ』
『いつも声掛けてきてさー』
まさくんが唯一頼りにしていた熊井が、掲示板の書き込みをしていたなんて。あの一文を書いたのはネットカフェのパソコンから、生徒を監視し、まさくんを孤立させ近づく。やり方自体気に入らない。
「二組の生徒は皆いい子なんだ。青村以外はな!!」
信じていた大人に裏切られるのは辛い。嘘だ嘘だと喚く声がする。熊井がジリジリと近づいてくる。肩に手を置くまさくん。ハッチーなら熊井を制圧し、まさくんを励ます声をかけられるのにぼくは。
「もういい。ミツ兄」
「だとよ?神里」
退くわけにはいかない。ぼくが壁になって守り続ける。ぼくから返事がなければハッチーが異変に気づくだろう。
「諦めちゃ駄目だろう!!!」
熊井の分厚い両手が降ってくる。両足で踏ん張り両手で受け止め返す。僅かな隙が生まれる。
「逃げろーーーーーーっつ!!」
体格差で負けてはわかっている。警護相手を逃す、ぼくが守れなくてもハッチーがいる。ぼくの脇を通り過ぎるまさくん。逃すまいと足を伸ばそうとする熊井。足の内側に向け蹴りを入れる。体制が崩れ、ぼくを押し倒すように倒れ込む熊井。
ゴーーン!!
転落防止の手摺りに寄り掛かるような体制で座り込む。うつ伏せで倒れた熊井は、声にならない叫び声を上げていた。
👻👻👻👻
まさくんは父親のことを憎むだろう。父親が息子のためにと依頼した結果は、悲しさを残したまま終わっていた。
熊井は脅迫・傷害で現行犯逮捕された。副担任の元彼の件は、青村の父親が念書を書かせずに監視をつけることで決着がつき、委員長の性格はこの件以降、少しだけ丸くなったと書かれていた。
「不思議だよな。熊井がいなくなったら、騒がしくなって。オレにダチが出来た」
「父親とはメッセージだけか?」
強く頷いてハッチーの質問に答えるまさくんの目は、不安で揺らぐ感じではない。怒りの矛先を父親に向けることはないと断言して。
「あんたらみたいな大人になる」
悲しみを乗り越えたまさくんは強くなれる。気心しれた友達がまさくんの側にいるのだから。
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