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助手さんが隣でしゃがんで聞いている。私はいつもの時間帯に鳴り出した子機を片手に、いつも通りの会話を始めている。
「もしもし?」
『あたし、あたしよ』
電話に出る前に助手さんが、スピーカーにしたから部屋中に相手の声が響いている。耳に当てていた私は、テーブルに子機を置く。いつも通りの私たちのやりとり。
【もうすこしはなしてて】
メモ帳に書いてくれた大きな文字を見て頷き返す。あたし、あたしさんには悪いけれどこのままお話をしてみることに決めた。
「あたし、あたしさんとはお会いになりましたっけ?」
90歳のおばあさんの相手をしている彼女は含み笑いをしながら、大きな声でゆっくり話している。
『あたしのこと忘れちゃったの?あたしは忘れなかったのに・・・』
そんな風に言われてもあたし以外のことなんて教えてくれないじゃない?返事をしようと口を開きかけて、助手さんが書いたメモが増えていることに気づく。
【あたしさんもごねんぱいのごふじんかもしれない】
ニュースで見て嫌だなと思っていた事件が思い浮かぶ。高齢者が高齢者を騙す事件。どんな状況だったのかはわからないけど、悲しい気持ちになったのよね。
【はなしをおわらせて】
「ごめんなさいね」
ブツ・・'ツー、ツー
私から話を終わらせたのははじめてで、いつもは話し相手がいなくなって寂しさが募るのに、助手さんがいてくれるから心強さがある。早くあたし、あたしさんを知りたい。
🐝🐝🐝🐝
「あたしさんはわたしと同じかもしれないじゃない?寂しいもの同士、友達になるって変かしら」
同じ時刻にかけてくる電話を心待にしている。挨拶をするような感覚になっていて、安否確認みたいだななんて思ってしまうこともある。
「ハッチーが調べてくれているから。三角さんおばあさんの知り合いじゃないの?」
昔の記憶を思い出すのが難しくなってきた気がする。忘れてはいけない思い出まで忘れてしまうのではと不安に駆られてばかりで。
「写真あるかな?」
助手さんは私が悲しそうな表情を浮かべたから、励まそうとしている。記憶が朧気なら写真を見て思い出すことがあるかもしれない。私は助手さんにお礼を言いながら、椅子から立ち上がりアルバムが閉まってある部屋へと案内していく。
「助手さん、ありがとう」
アルバムの中の友達ならいいのにと思い始めていた。
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