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クマのお迎え
小学校の校門近くに車を止める。少し早く着いたらしい。
エアコンが効いてきた頃に校門に一台車が横付けになって、かわいらしい女の子が乗り込んだ。
ということは葵ももういいか。
試しに車を校門前に横づける。見ると葵が同世代の女の子たちに手を振って、こちらに駆けてきた。
「どうした? 具合が悪いのか?」
助手席に滑り込んできた葵の様子をうかがう。頬がほんのり赤く、ちょっと汗ばんでいる。
「エアコン、もう少し温度を下げるか?」
「ううん、涼しくて快適」
にっこりと笑って俺を見る。何か憑きものが落ちたような顔をして。
「今日は来てよかった。大輔さんに迎えに来てもらって本当に良かった」
「ツンデレ猫。どこに行く?」
「…大輔さん家」
思わず葵を見てしまう。葵は俺から視線を外さない。
「真由ちゃんに会って話した。相変わらずかわいくて、良い香りがして、クラス一の美少女のままだった。でも、それだけだった。話はしたいし、また会いたいけれど、抱きしめたいとか、大輔さんとするようなキスをしたいとかじゃなかった」
葵はシートベルトをしていない。俺の方に身を乗り出してくる。
「キスしたいのは大輔さんだけだ」
小学校の前なので、軽くキスして葵をはがす。
「続きは家だ」
「…」
上機嫌から一気に不服そうな葵の顔。本当に猫のようだ。
車の中で饒舌に話す猫を時々撫でて甘やかしながら店の二階の我が家に戻る。
夕方になっても気温が高い。エアコンを入れて、最近の猫のお気に入りの冷えた紫蘇ジュースを手渡す。受け取る顔が緊張している。車でキスを仕掛けてきた猫と同じ猫とは思えない。
「結構楽しそうだったな。機嫌のいい顔をしていた」
「…うん。最初は何者って感じで見られたけれど、私とわかったら皆、納得しちゃった。こんな風に受け入れられるの、新鮮だった」
「そうか。よかったな」
「うん。このままの私でいいんだね。大輔さんの言う通りだ」
また真っ直ぐな瞳で俺を見る。
「大輔さんが好きだ。他の人間とは違う、大輔さんは特別だ」
「…震えながら言うことじゃない」
そっと抱きしめてやると震えながらしがみついてくる。
「だって、私はこんなんだし。真由ちゃんのようなかわいらしさの欠片もない」
「葵はかわいいよ。それに好きでもなきゃ、今まで待たない。もう、けっこういろんな、悲惨な葵も見てきた。今更取り繕うような仲じゃないんだから、俺を信じろ」
見つめあって、葵が頷いたのを確認してからキスした。おずおずと葵の腕が俺の背に回り、しがみついてくる。
「心配するな。無理強いするものでもないし、葵がいるだけでいいんだから。何もしないから泊っていけ」
葵の目が光る。
「嫌だ。何もしてくれないなら帰る」
「…だから、どこでそういう言葉を覚えてくる」
「…ケータイ小説」
「お前な、言葉と心と体が追い付いていないぞ」
額を合わせて、すねた猫を堪能する。まだ震える猫を宥めるように音を立てて軽くキスして、葵をはがした。
「葵、何か夕食作れ。お前の飯が食いたい」
「…飯だけかよ」
「うまく誘えたらな」
「…忘れんなよ、クマ」
ああ、お前はどうしてこれだけの妖しい色気をまとえるのに、こんながさつになるんだ。
残念な黒猫がキッチンに入るのを見届けて、笑ってしまった。
かわいくてたまらない。
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