黒猫の覚醒

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黒猫の覚醒

 猫が作ったのはチキンカレーだ。ただし、市販のルーは使わず、自分で調味料を調合している。  俺が作ってやったら、いたく感心して何度も何度も挑戦し、そして今や店に出してもいいのではないかというところまで上達した。  ただし、上手くできるのはチキンカレーだけだ。  まだ20歳。興味がわけば料理も上手になるだろう。二人で食べて、先に風呂に入っていた俺が後片付けしてその間に猫が入浴する。  猫も猫の幼馴染もここに泊まることがある。だから、今日の泊まりは特別ではない。  ないのだが、迎えに行ってから猫のテンションがおかしい。それが証拠にいつもとは違う香りをまとって、パジャマ代わりのTシャツ、短パン姿で俺の足元に座り込んでくる。 「髪、乾かすか?」 「うん」  甘えたいのに素っ気ない、近寄りたいのに怖いという感じ。猫の髪は短いのでドライヤーですぐに乾く。  乾いた猫をソファに引っ張り上げて隣に座らせるとまた拗ねて体育座りをしている。  猫には俺の誘い方がわからない。そして、怖い。  追いかけまわされたり、裸を見せられたり、一度掴まされたり。猫を虐待してきた人間たちはこのくらいと思っても、葵自身も気が付かないくらい深いところで傷ついている。 「猫」 「…にゃお」  拗ねていじけた猫が恨めし気に俺を見上げる。 「葵、おいで。疲れて眠いんだろ。もう寝よう」 「子ども扱いして」 「子どもじゃないなら、付き合うか?」  ひょいと抱き上げてベッドに向かう。葵は大人しく俺につかまる。 「お前、やっぱりやせ過ぎだ」 「カレー、たくさん食ったよ」 「普段からもう少し食え」 「大輔さんと一緒なら食べるよ」  猫が使う部屋ではなく、俺の部屋に連れて行くとまた緊張して体が強張る。 「どっちがいい? いつもの部屋に行くか、ここで眠るか。俺が猫部屋で寝てもいい」 「ここだ、ここで一緒に寝る」  慌ててTシャツと短パンを脱ぎ捨ててタオルケットに潜り込む。顔だけ出して睨みつけてきた。 「入ってよ」  声が小さくなっていく。 「最初は大輔さんがいいんだ」  俺はため息をつく。 「それはどこで覚えた?」 「…自分で考えた」 「そっか。あのな、異性、同性問わず抱き合うのは快楽のためだけじゃないんだ。お前は勝手な欲望をぶつけられることが多かったから、そう思うのかもしれないけれど。パートナーと抱き合うのは愛情をお互いに分かち合う、そのための行為なんだよ」 「分かち合う?」 「そう。会話の延長だな。心と体と会話しながら、愛情を分かち合う。試してみるか?」 「…うん。私は大輔さんが好きだから」  タオルケットの上から葵にまたがり、囲い込む。 「じゃあ、最初というな。これからも俺だけと言っとけ」  怖がらせないように優しくキスする。怖がらせて逃がさないように。  朝食の準備をしていると猫が呆然とした顔で現れた。足が震えて、柱に寄りかかっている。  サーモンピンクのロングTシャツを寝ている猫に着せた。夏とはいえ、何も身に着けていないのでは体を冷やしそうだし、俺も触りたくなってしまう。 「おはよう。大丈夫か? シャワー浴びるか?」 「う、うん。あの、これ…」 「ネットで見つけて買っておいた。たまにはいいだろ。お前は色が白いからよく似合う」  近寄って抱きしめると恥ずかしそうな素振りを見せながらも抗議する。 「かわいい、のか?」 「俺から見たら、葵は何をしていてもかわいい。昨夜の葵は今までで一番かわいかった」 「…本当?」  上目遣いの葵の額に口づける。本来、葵はかわいいものが好きだ。妙な人間の目を逃れるためにモノトーンの服を着ているがかわいいに憧れている。 「もう一度見せてくれるか?」 「…でも、お腹空いた」 「じゃあ、先にシャワーだ」 「…嘘つき」  ぐったりした葵の髪を乾かしながら、恨み言を流していく。 「だから、もっと食って体力をつけろ」 「クマと一緒にするな。…善処する。だから美味いものを食わせろ」
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