黒猫の覚醒

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 その日から、葵はよく食べて、屈託なく笑うようになった。  モノトーンの服に恥ずかしそうにパステルカラーのカットソーを身に着けるようになった。  そして、俺の家にいる時間が増えた。バイト以外の時間はほぼいるような感じだ。  葵のバイトで不在の時に来た拓海が困った顔をしていた。 「葵の機嫌がよくて笑顔を振りまくものだから、また勘違いする奴が現れて。葵はけろっと好きな人と思いが通じたなんて言うから、相手は誰だってけっこう訊かれるんです」 「また、変な奴が混ざっているのか?」 「うーん、今は大丈夫。キラキラしているから眩しくて近寄れないのかもしれないっすね」  拓海の変質者に関する奇妙な分析に苦笑いする。隣に座る高橋さんが肘をついて拓海を覗き込んだ。 「ストーカーがいなければいいけれど、拓海は大丈夫か?」 「ちょっと拗れてるだけで大丈夫っす」 「相手に執着されてるんだろ」 「何か不安なことはちゃんと言えよ」 「はい」  しっかりしていそうな拓海でもこんな時ははにかむ。まだ子どもだと思ってしまう。    でも、かわいくてもいつまでも子どもではいられない。 「来年、司法書士を受けてみようと思う」  葵がそんなことを言い出す。 「権利擁護系の仕事をしたいんだ。将来は独立することまで見据えて考えたい」  裸で話す話ではないけれど、腕枕をしながら訊いてみる。 「じゃあ、この店の隣で開業するか」 「いいの?」  葵の瞳がキラッと光る。それはそうだ。官公庁に近いこの店は司法書士には打ってつけの好物件だ。  ただ、多分司法書士事務所ではなく、どちらかと言えば俺の親父の仕事に近いようなことを望んでいるのだろう。困った人の居場所作り。葵が考えそうなことだ。 「事務所名は決めているんだ」 「ん?」 「B&B、つまり Big bear & Black cat 、大輔さんと私だ」  腕枕の至近距離から嬉しそうな顔で俺を見上げてくる。軽くキスしてやると嬉しそうに笑う。いつの間にかこんなに俺の腕の中でくつろぐようになった猫が愛おしい。 「葵が仕事を始めて、一区切りついたら結婚するか。俺は今すぐでもいいけどな」  一転、猫が顔をしかめる。お腹を撫でさせていたと思ったらいきなり猫パンチを繰り出してきた時のようだ。  「…プロポーズってもっとロマンティックなものじゃないのか?」 「じゃあ、ロマンティックなところでお前からしてみろよ」 「うん、そうする!」  何故か葵の機嫌が直る。なにやら楽しげな葵を捕まえて口づけた。 「一応、もう婚約者だからな」 「…そういうことにするけれど、プロポーズはちゃんとするから!」  にやりと黒猫は笑い、何故か寒気がクマを襲った。
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