We are not alone Ⅰ

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We are not alone Ⅰ

「……っしょっと」  そしてハルカが運転席に座る乗用車の助手席にトオルも着席すると、程なくして、複雑な地下施設から地上へと動き出す構造は稼働をはじめる。  「シートベルトはー?」「なんだよ、子供じゃねーし」などと、世話焼きに閉口するようなやりとりのなか、いよいよ車が現れた先は、今日は、一角の地下駐車場で、ハルカがアクセルを踏めば、程なくして、ゲートなど現れ、身分のチェックを求められたが、彼らが専用のIDを見せれば、公道にはいつもと変わらない都会の街並みが広がっていて、有り体に見れば、昼下がりに民間の研究施設から出発する関係者の車が、その他の日常の車列と混じり合っていくといったところだった。 「……しかしまぁ、ゾッともするわな」 「なによ、また、その話?」  窓から差し込む陽射しがいよいよ眩しくなっていくのを感じながらトオルが呟いたことは、入庁したことで知った、例えば、彼らの車が出発する度に引き起こされる、この世の裏の部分の出来事のことで、今や、ハルカにとってみれば皆まで言わなくてもよい。 「……そうね。私も、最初は、小説の世界にでも、紛れ込んだみたいとは思ったものよ」 「やー。でも、こんなえっぐいブラックこなしながら、ライブ手伝ってくれるは、飯、作ってくれるは、マッパにエプロンだは、ほんと、あんときはなじってごめんなー、で、ありがとうな!」  トオルは他意もなく、唐突に過去の反省をし、素直に感謝まで表してくるのだから、ハルカにとっては、当時の彼氏の喜ぶ顔が見たかった一心だったとはいえ、時に破廉恥な願望の相手だった故に、乙女心も赤面するというものだ。 「い、一般課と今の任務内容は違うから、別に……!」 「やー。どっちみち、親父がカシラとってる組織だぜー? ホワイトなわけないじゃーん。たまに幽霊みたくなってる人いるじゃーん」 「だから、任務中は長官っ! 本人にも注意されたでしょ?! それより、『巡視対象』、今日もミーティング通り、いきます!」 「へいへい……わかっていますとも」  なんとか空気を変えようと躍起になっているハルカのことなどお構いなしに、ヘラヘラとしているトオルは、そして、履歴書などがコピーされた一枚を手に取ると、それをしげしげと眺めたりしている。 「じゃあ、対象の近くの私たちの拠点で、一度……」  と、やがて、ハルカは、この東京という街中に張り巡らされている、自分らが所属する地下基地に連なる雑居ビルの一角を目指し、ハンドルをきるのだった。  とある住宅街にある駐車場まで、車まで乗り換えた車種から降りた二人は、ジーンズなど履いていて、銃は、リュックのなかに隠し、ハルカなどは、長い髪をポニーテールに巻いている。  やがて、二人は、かなりひなびたアパートの階段などを登っていて、カンカンカンとした音は青空に響き渡っていた。ハルカは、鳴るか鳴らないかもわからない旧式のインターホンを押せば、かわいたドアにノックをし、ドアの向こう側の「田中さーん」などという主の名を呼ぶと、続けて口にしたのは、架空の介護センターの呼び名で、すると、ドアはゆっくりと開き、おかっぱ頭の白髪に、縞縞模様のシャツを着込んだ老人のような姿が現れる。  だが、老人は、なんだか不自然なほど、どこか機械的で、皺なのか、そういう稼働領域の窪みなのかもわからない、口まわりをガチャンと動かしながら、 「祐三くん?」  などと、問いかけてきたのだが、 「違いますよー。田中さん、長岡ですー。入りますよー」  と、今度はトオルが偽名を使いながら、こうして、ドアはバタンとしまり、表向きは、老人の住む家に訪れた訪問介護士たち、といった風景だったが、間取りの、少しくぼんだ玄関まで降りたはいいものの、今度は部屋の領域まで、足を上げられなくしていて、ましてや、その度に、まるで、乾電池で動くおもちゃの音のようなものを、ひっきりなしにしている物体があれば、 「はいはいー田中さん、一緒に部屋、いきましょうねー。ハルカ、そっちお願い」 「うん。田中さーん、大丈夫ですよー。ん……いち、にぃ……さんっ」  二人は息の合わせ方もよく、すっかり手慣れたふうである。こうしてくたびれた間取りのなかには、介護ベッドなどしかれていて、「た、田中さん、相変わらず重いっすねー」などと、トオルが苦笑交じりに田中なるものを横にする間、語りかけていたりしたが、どうにかこうにかベッドに置くことはできたものの、 「あ、ほら、田中さん、チャージしてあげないと」 「あー。そうだな。田中さーん、はーい。ゴロリとしてもらえるかなー?」  ハルカの促しに、トオルが、その者を横向きにし、背中の、ある箇所を、一押しして開けば、縞縞模様のシャツも丸ごと、ガチャンとした音がして、なかには端末の充電器の差し込み口のようなものが現れる有様だ。そしてどこにでもありそうな介護ベッドではあるものの、その麓から、巨大なケーブルを取り出すと、その先端を田中の背に差し込んでやるのである。  田中なる者は、一瞬、ウィーン……などといった音を震わせたが、無機質なアルカイックスマイル、といった表情で、 「さわやか~……」  と、呟いた。  ハルカたちは一呼吸置き、田中のことを、並んで腰かけては見つめていたが、やがて、ハルカが、 「田中さん、今日、何日、何曜日かわかりますかー?」  などと声をかけてみたものの、物体は、またもやウィーン……とした音でもって眼をギョロリと動かすと、 「かんたろー。はい、みんな、一緒にー」  と、ハルカに的外れな返答を繰り返すのみである。   ハルカが、「んー。状態は良好……ただし、依然、意志疎通は困難、といったところね」などと呟く隣では、改めて、トオルが数枚の紙のページなどを見つめていて、 「田中セイジさん、ねー。てかさ、異星種だとか云々の前に、この人、ほんとに生き物なん?」  と、口にしてしまう。  それはハルカも思っていたところだ。ただ、彼女が性格としてトオルに切り返すことがあるとするなら、 「こら! ご本人の前で、失礼でしょ?!」  と、部下の無礼をとがめることだった。
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