We are not alone Ⅱ

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We are not alone Ⅱ

 今や介護ベッドの麓から伸びるチューブは脈打ったりしていて、中を、スライム状でありながら、ぼんやりと光沢を帯びているなにかの物質が蠢いていると、田中は、 「モリナガーチョッコボールー」  と、鼻歌まじりで気分もよさそうだ。  ただ、その眼は、ハルカたちのことを捉えているようで、実はどこか遠いところに飛んでいるのが内実な気がする。 「いやー……宇宙、人? でも、ボケるんだなー」 「……元気にお仕事されてたときもあったのにね」  そして、トオルが本人をまじまじと見つめ、ハルカが、改めて眺めているコピーのなかには、若かりし頃の田中セイジの履歴書などが映し出されていて、どこか機械的な質感の特徴は今と変わらない証明写真ではあるが、そのおかっぱ頭が黒々としている様子などが確認できれば、確実な老いが目の前にはあり、少なくともそれがなにがしかの生き物であるっぽいことを物語っていたのだ。 「……で、要するに、うちは、体のいい姥捨て山ってわけだ」 「言い方! この方の件は、アメリカ側からのたってのお願いだったのよ? むしろ、光栄なことじゃない」 「いやー。でもMIBとか、映画のなかだけとか思ったら実在してて、まじびっくり通り越して、大草原なんだけど」 「あなた、そのこと、ほんとに誰にも言っちゃだめよ? いくら長官の息子だとしても、私も、かばえきれなくなるわ」 「いわねーよー。てか、まだ今日の一件目かー……チヒロたち、元気にしてるかなー……最近、LINEしてる?」 「ここ、最近は……私も、慣れないと、覚えないと、だし」 「ですよねー。どーなん、まじ、この社畜ライフ」  二人はすっかり世間話といった具合である。ただ、すると、田中セイジは、ギョロリと彼らを見つめ、 「レッツキッス! 頬寄せて!」 「へっ?」 「レッツキッス! 目を閉じて!」  それは、二人の生きたことのない時代の流行歌のようだ。機械のような眼であるが、キュイーン、キュイーンとした音さえたてながら、ベッドの上ながら、田中セイジは小躍りしてるかのようだ。 「た、田中さーん。ごめんなー。俺たちだけで盛り上がっちゃってー。田中さんもおしゃべりしたいよなー」 「ふふ、で、でも、今日も、田中さん、ご機嫌がよろしそうで、私たちも嬉しいです」  こうして、全く使われた形跡もなさそうながら、室内のユニットバスルームの清掃などの作業を終えれば、先ずは「一件目」の終了である。  ひなびたドアではあるが、実はドアノブに隠されたセキュリティボタンを開くと、番号を覚えたトオルが作業を開始すれば、ハルカは用心深く周囲を見回している。  そして、「本部」とされている連絡先に、ハルカが専用のケータイから電話をかけ、暗号だらけの「任務完了」を、まるで介護士の報告であるかのようににこやかに告げれば、今や、車へと戻る頃、この、「巡視」なる風景も二人にとっては当たり前のこととして認識されつつあったのだ。  一先ず車を走らせはじめるなか、 「まあ、田中さん、いづれにせよ長生きするといいな」 「そうね」 「で、お陀仏となった場合は、黒箱(ブラックボックス)なわけだろ?」 「うん……多分」  助手席で語りかける部下に答えながら、ハルカは、かつて、自分が末端として延々とこなしてきた任務のことを思い出していた。  それは時にスクランブルな事態も交えながら、大小と形も様々にした、中身の見えない真っ黒に覆われた形状のものを護衛し続けた日々のことである。現場には、黒服をしたアメリカ政府関係者なども集まったりしていて、奪取せんと、主に旧共産圏の組織の襲撃に銃で応じる事態とも度々なれば、関係者の間で、黒箱(ブラックボックス)と通称されていたそれらが、並々ならない何か、であることくらいは、いい加減、ハルカですら、感じるものがあったというものだ。 (……でも、本当に異星種なんて、存在していたなんて)  入庁前後、当時の彼氏の父親から、その言葉を口にされた時から、拉致されたフランと再会したその時まで、尚、彼女の性格にとってはあまりにピンと来ないリアルであったのだ。 「田中さん、死んじゃったら、やっぱ、アメリカ連れてかれて、解剖実験とかさせられちゃう感じなのかな」 「それは、わからないわよ。私たちの管轄じゃないもの」 「かぁー。特務だなんだっていったって。所詮は防衛省、所詮は親分、アメリカですもんねー」 「こら、また、減らず口」  ただ、ニヒルな顔であくびとともに言葉を繰り出す助手席の者の父の肝いりとはいえ、昇進を経てからは、いよいよ、表向きはなんの変哲もない西暦二千年代の街並みの裏には、驚くべき事実があちこちに転がってることを、ハルカも認知せざるを得ない日々を送っていた。  だが、とにもかくにも五代ハルカは真面目な女子だ。運転席から、ナビゲーションに、一度、視線を移すと、 「よし。『二件目』、いくわよ」  と、ハンドルをきった。それに、トオルが、「Yes Mom」などと応答するころには、彼らの車は、ダミーのビルの一角の、駐車場の奥深くへと入り込んでいくところで、一点に到達すれば、やがて、速やかに、まるで何事もなかったかのように、彼らの所属する地下施設へと収納されていくのである。
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